第二十七日目 Biograd na Moru(クロアチア)泊

友人の案内でBiograd na Moru近郊を訪ねて回る。風は相変わらず強い。Kamenjak頂上から淡水湖(Vrana湖)と海(アドレア海)を同時に見た。風に吹き飛ばされそうになりながら、頂上を一周する歩道を歩いた。

木製ヨットの青空博物館(港に繋いであるヨットを見て回る)と数世代にわたって木製のヨットを作ってきた造船所が自宅を改造したヨット博物館へ。地元オリーブオイルの搾油所を回るともう、昼は15時。遅いお昼は地元で有名な子豚と子羊の丸焼き(!)専門のレストランへ。毎日、5頭の子豚と子羊を焼くのだという。

写真は上から

Kamenjak頂上のリリーフ
Vrana湖(淡水湖)とアドレア海
Betinaのヨット青空博物館
Mutarのオリーブオイル搾油所

 

第二十六日目 Biograd na Moru(クロアチア)泊

Spritから友人が住むBiograd na Moruまでゆっくりと海岸線を北上する。昨日の大雨が上がったと思ったら、今日は強風。途中、クロアチア最大の湖Vrana Lakeに寄ったが、あまりの強風でゆっくりと写真を撮ることもできなかった。気温はそんなに低くないのだが、寒い!

夕方になると風が静まった。暗くなるまでBiograd na Moruを散歩した。観光客がいない街は静かだ。海は青く、透き通っている。クロアチアはスペインと同じ時間帯なので、陽が沈むのが早い。15時半になると暗くなり始めて、17時くらいになると何だか夜の9時くらいの気分になる。

写真は上から
二日泊まった眺めの良いアパート
強風で波立つクロアチア最大の湖Vrana Lake
Biograd na Moruの街並み
Biograd na Moruの海岸

 

第二十五日目 Split(クロアチア)泊

夕方から大雨の予想だったから朝、早めに起きて市場に向かった。魚市場で夕食用の魚を2尾、青空市場で野菜を買い込んでいるうちに雨が降り始めた。目の前にあったカフェで雨宿りしていると、あっという間に豪雨に。

周りを見回すと、すぐそばのテーブルには中年男性二人が座っておしゃべりをしている。その隣には若い男性が一人でコーヒーを前に、タバコを吸いながらスマホを見ている。横には女性が一人で座って、タバコを吸っている。中年男性のテーブルには友人が来ては喋って、コーヒーを飲んで、去って行く。貧しい身なりのおじさんと目があった。身振りもはっきりしないのだが、寄って来るとどうやら三つ編みに編んであるニンニクを売ろうとしているようだ。必要ないと身振りで断る。タバコをくれと言われたようなので、吸わないからと断ると若い男性のところに行った。見ていると、どうやら同じテーブルに座っていいかと聞いたようだ。若い男性は「どうぞ」と言うような身振りをして、おじさんが座ると少し話してからおじさんのために大瓶のビールを注文した。おじさんは、私たちに背中を向けて座っているが、時々振り向いてはお腹が空いている、何かくれないか、と言うような身振りをする(多分)。

第二十四日目 Split(クロアチア)泊

ドゥブロヴニクを出発する前に、スルジュ山頂にあるナポレオンが建てた(建てるように命令した?)インペリアル要塞にあるクロアチア紛争博物館を訪ねた。セルビア・モンテネグロの侵略への抵抗拠点になった要塞である。建築途中(修復作業中?)だという要塞も展示物からも当時の様子が生々しく伝わってくる。山脈の向こうはボスニア・ヘルツェゴビナ。ドゥブロヴニクを見下ろす要塞の周辺でも激しい戦闘が展開されたのだろう。

そして、Splitへ向けて出発。有料高速道路は使わずに、できるだけ海岸線に沿ってゆっくりと北上して行く。お昼はパンとチーズでピクニックを考えていた。良さそうな場所を探していたら、連れ合いが突然、道路脇に車を停めた。「どうしたの?」と聞くと、ピクニックの場所が見つかった! と言う。海は見えるが、テーブルもベンチもどこにも見えない。駐車した場所から、海に向かって降りて行く小道がある。そこの下に、いい場所が見えたと言うのだ。何だろうと思って行くと、海の中に突き出た岩の上のベンチ! よくこんな素敵な場所が目に入ったものだ。

宿はベランダから旧市街や港などSplit全体が見渡せる。こじんまりとした街だが、フェリーが頻繁に出入りする港には活気がある。普通に人々が暮らしているような街だ。今回の旅で初めて旅人であると実感してホッとした。

写真は上から

第二十三日目 ドゥブロヴニク(クロアチア)泊

旧市街から丘を超えた反対側にあるCruz港の市に早朝、行ってみた。地元の人が利用する市場だから、熱気があるかと期待して行ったが、そうでもなかった。

珍しく、博物館を巡ってみた。残念ながら一番みたかった民俗学博物館はお休み。海事博物館、文化歴史博物館、ドゥブロヴニク防衛記念館を見てから城壁を一周。ドゥブロヴニクの歴史は興味深いが、すごく複雑。1990年代にドゥブロヴニクとその周囲が8ヶ月もモンテネグロ・セルビア軍に包囲されて籠城を強いられていたとは知らなかった(戦争があったことはもちろん知っていたけど)。現在50代の宿のオーナーが水も電気もない籠城を経験している。30数年前の戦争は、人々の記憶にはまだ鮮明なのだ。

写真は上から

Cruz港に停泊しているヨット
旧市街
旧市街
コーヒーとネコの街?

 

第二十二日目 ドゥブロヴニク(クロアチア)泊

モンテネグロからクロアチアへ、国境を越える。モンテネグロでは入国24時間以内に警察に届け出なければならないということになっている(らしい)。宿泊先がその手続きをするから、友人宅に泊まるなどという場合を除いて、旅行者は何もしなくて良いということだった。昨日の宿では、パスポートのコピーを取ることもなく、当然ながら届出などしていない。出国の時に問題にならないだろうかと心配していたが、全く問題なくパスポートを見せるだけで出国できた。次のクロアチアだが、インターネット上には出入国に何時間もかかる、係官の態度が悪いなどと書かれている。心配していたが、こちらも問題なく通過。モンテネグロからクロアチアまで、15分」程度で出入国の手続きが済んだ。

宿は旧市街から歩いて15分ほどの住宅街にある小ぶりの戸建て。二人部屋を頼んだのだが、掃除ができなかったということで、広い3人部屋を追加料金なしで提供してくれた。アルバニアのシュコドラでも洗濯機を使いたいと言ったら、洗濯機のある二人部屋はないからと、洗濯機のある家族部屋(5人泊まれる)に追加料金なしで泊めてくれた。

第二十一日目 Perast(モンテネグロ)泊

アルバニアとモンテネグロのHani Hotit国境も、問題なく通過できた。待ち時間も入れて20分くらいだっただろうか。国境を越えても、ギリシャからアルバニアに入った時とは違って、風景は大きく変わらなかったが、雰囲気が変わったような気がした。

入国してすぐに、交通渋滞に遭遇。まっすぐな道路で何もないなのに、車がひしめき合っている。反対車線から強引に割り込んでくるのもある。何事かと、少し離れたところに車を停めて見に行くと、日曜の朝の蚤の市(或いは泥棒市?)。こんな物まで売るの? と思うようなものまであって、人で溢れている。古着や靴や大工道具、農機具からスキーまで。じっくり見れば、きっと掘り出し物があるだろう。

モンテネグロはそんなに大きな国ではない。宿泊せずに一日でクロアチアに抜けることも考えていた。首都ポドゴリツァは通り道だから、一応見ておこうと地図上で中心と思われるところまでドライブしたが、事前調査をせず知識がなかったからか、寂れた感じの地域に入ってしまった。建物は低層(2階とか3階建)で自動車の通行には便利といえば便利なまっすぐな道だけど歩行者が安心して歩けそうな路肩がなく、人もまばら。何となく埃っぽい。想像していた都市(何を想像していたのだろうか...)とは違って面白くなさそう。だったらそのまま海岸線に沿ってクロアチアまで行くか。

第二十日目 シュコドラ(Shkoder)泊

地上の楽園と言われているThethへ向かう。昨日の豪雨が嘘のように晴れ渡ってはいるが、Thethはシュコドラからモンテネグロとの国境に並行して北に向かった山奥にある。Thethまで20キロを切るところまで行ったが、日陰には雪の吹き溜まりができて、道路は薄く凍りってきた。標高はだいたい1500メートル。行かれそうな気もしたが、急カーブが続く険しい山道のどこかで動けなくなったら大変だ。大事をとって、残念だったが引き返すことにした。
アルバニアは観光擦れしていない素朴な国。あちこちで警察を見かけるから鎖国時代の「警察国家」の影を未だに引きずっているような印象もあるが、警官は旅行者の私たちから見た限りにおいては親切であるように見える。

シュコドラの郊外を通った時に、道路脇の貧民街を一瞬ではあるが目にした。狭いところに雨漏りを防ぐためのブルーシートで屋根が覆われた家が所狭しと立ち並び、よくは見えなかったが下水もないようだった(路上に排水が流れているように見えた)。また、この辺りで2回、男性がゴミ箱の中身を物色しているのを見かけた。まだ使えるものがあるか、探していたのだろう。

第十九日目 シュコドラ(Shkoder)泊

今日は終日、大雨と強風の予報だったが、朝起きると曇り。宿の周りを散歩していると、ポツリ、ポツリと降り始めたが、出発まではもってくれた。

ここの朝食は特筆に値する。コーヒー、オレンジジュース(残念ながら搾りたてではなかった)、パン、ジャムとバター、スクランブルエッグまでは定番。それにケーキやジャム入りのクロワッサン、アルバニアのヨーグルトまで出てきたのだ。手作りのジャムは美味しかった!

第十八日目 ベラト(Berat)泊

ヴローラの市場は、薄暗くて何だかくたびれた感じがした。屋内の市場の照明は未だに蛍光灯。観光客相手ではないから、地元の人が利用するのだが、売っている衣服はどう見ても安物。観光客相手の店が並ぶところはそれなりに綺麗だが、地元の人の生活は楽ではないのかも。

次に立ち寄ったFierには前世紀的なアパートが立ち並ぶ。カラフルではあるのだが、何となく共産国的な感じがする。共産党が力を持っていた時代や鎖国時代の名残なのだろう。それでもここの市場はヴローラよりは活気があった。

途中、オリーブの搾油所を見学してからベラトへ。町に入って息を呑んだ。険しい丘に張り付くような建物。世界遺産にも登録されている石畳が美しい町だ。ディズニー・ランドのような観光地になっていない、こんな場所がまだあるのである。「千の窓を持つ街」と言われているそうだ。今夜の宿は丘の上、城壁の中にある。

ガイドブックも地図も持たずに、インターネットの検索をたよりに回っている今回の旅。初めて日本を出た頃には、ガイドブックなどなく、地図で面白そうなところに目星をつけ、安宿で出会うバックパッカーと情報を交換して、どこに行くかを決めていた。ああ、時代は変わった。

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