天気の変わり目

欧州、特に地中海沿いの国々は記録に迫る最高気温と猛暑熱波に覆われた。ギリシャでは、日中の暑い時間帯は危険なために日陰がないアテネのアクルポリスの丘が閉鎖され、ロードス島の山火事では大勢の観光客が避難を余儀なくされた。イタリアも南部は森林火災、北部は豪雨で異常気象に散々痛めつけられた。フランスも、スペインも熱波に苦しめられた。

ポルトガルはというと、この7月の熱波の影響はほぼ受けず、最高気温30度前後、最低気温は15度くらいと不思議なくらい「快適」であった。

が、それも一昨日(8月4日)で終わり。昨日から気温が上がり始めた。35度、39度、週明けには40度を超える。空気は非常に乾燥している。やっと夏が来たととも言えるが、風が吹くと森林火災が怖い。お昼頃はしんとして、誰もがいつ、どこで森林火災が起きるのだろうか、と息を潜めているような感じである。

それでも、木曜くらいからまた気温は30台前半まで下がってくる様子だ。夏の終わりまでこの気温が続いてくれると助かるが...。

 

写真は上から

8月6日の天気予報IPMAのサイトから

巣立ちの時 クロジョウビタキの場合

ベランダの天井にクロジョウビタキのツガイ3、4組が巣を作り始めた。ベランダの真ん中にある梁の上である。鳥がこんなにとっ散らかしながら巣を作るとは知らなかった。苔とか枝とか葉っぱとか、巣になるよりも落ちてくる方が多いのではないかと思うくらい床には材料がバラバラと落ちてくる。それが風に吹かれてベランダのあちこちに散らばる。

こんなところに巣を作られたら糞害で大変なことになる。かわいそうな気もしたが、巣を作り始めるたびにつついて落として追い払った。連れ合いが丸めたビニール袋を梁と天井の間に詰めて隙間を埋めた。卵を産む前に何とか諦めてもらわねば。巣になりそうな木は周りにいくらでもある。少しすると鳥の姿が見えなくなった。やれやれ...。

それから数日後。どこからかピィピィと声がする。一体これは、と上を見上げると、何とほんの小さな隙間に巣が出来て、ヒナまでいるではないか! 一体いつ卵が孵ったのだろうか。親鳥がひっきりなしに虫を捕まえては巣に戻って子供たちに食べさせる。巣の下には段々、糞がたまってきた。

地中海地方の酷暑熱波

6月には季節外れの熱波でポルトガル中部・北部では35度前後の気温が一週間程度続いた。7月も半ばになると、今度はギリシャ、イタリア、フランス、スペイン南部が49度に達する予報も出るような激しい熱波に襲われている。日陰がないアテネのアクロポリスの丘は観光客が熱中症にならないように日中の暑い時間帯は閉鎖(7月14日から。正午から午後5時まで)。シチリア島では過去の最高気温48.8度が更新される予想が出て、クロアチアでは森林火災が発生。他にもドイツやポーランドまで影響を受けている。場所は変わるが、日本も今日7月16日時点で記録的な猛暑になっていると聞く。

翻ってポルトガル。南部は熱波の影響を受けているがこのあたり(コインブラ周辺)では直射日光こそ強いが、気温は上がっていない。昨晩(7月15日)の夜は最低気温が10.7度まで下がった。朝は寒いくらいである。

ポルトガルでも毎年、40度を超える熱波が何度も発生することを考えると、他のヨーロッパの国々が酷暑熱波で苦しんでいるのにここが涼しいことは信じられない気もするが、考えてみればポルトガルは地中海地方ではなくて地中海の入り口に位置する大西洋に面した国なのである。最も、今回の酷暑熱波は上空のジェット気流が停滞しているために、熱波がポルトガル方面に来ないということらしいが。

ヒッピー的婚礼の儀

どこまでも透明な水が流れ落ちる滝。心地よい木陰が広がる森。所々に散らばるピクニック用のテーブルとベンチ。アンディとベンが選んだ式場は豊かな自然の中にある公園だった。 招かれた私たちはそれぞれの庭で採れた野菜を使った料理や飲み物を持ち寄った。

 

式の始まりを告げる太鼓と歌が始まると、みんながゆっくりと楽隊(?)の後ろについて歩き始め、 七夕の飾り付けをした笹竹の下に立つ新郎新婦を囲む和になった。 明るい日差しの中、厳粛な雰囲気が流れる。進行役のアランが厳かに式を進める。「人生を共に歩むことを誓います」 二人が向かい合って握り合った手がリボンで結ばれる。

 

「もう何年も一緒に生活しているし、子供もいるし、結婚の制度はどうでもいいのだけれど、友人たちに祝ってもらいたいな、と思ったの」 結婚式に招待された時にアンディが言っていた。既存の形式にこだわらず、宗教色を極力排除して、自然の中で愛と祝福を感じたい。手作りの結婚式がどんなものかあまり想像がつかなかったけれど、これは確かに彼女が望んでいた婚姻の儀そのものだった。

 

リスボンの日本祭り 2023 Festa do Japao 2023

6月24日に恒例のリスボン日本祭りが4年ぶりに開催された。会場はリスボン中心地から25分ほど、テージョ川に面したベレンのバスコ・ダ・ガマ公園。長方楕円形(?)の大きな公園の一方にステージが設置され、公園の両側にはところ狭しとブースや屋台が立ち並ぶ。前に一度、日本祭りには行ったことがあるが、その時の会場はこじんまりとした日本公園で、屋台は出ていたものの雰囲気はどちらかというと学園祭。こんなに大規模になっていたとは知らなかった。

この時とばかりコスプレを楽しむ人であふれ、舞台ではJポップに合わせて元気よく踊る女子、武道関係も剣道、柔道、少林寺、合気道、相撲ナドナドのブースと舞台上では実演が。書道や浴衣着付けのワークショップ、お箸で大豆を掴む競争、たこ焼き、日本のビール、よく切れる日本の包丁どこも大盛況だ。

見たゾ! 銀河鉄道999!

6月半ばの夜だった。寝る前に外のトイレを使おうと庭に出た。ふと夜空を見上げると...車窓が明るい列車が夜空を登っていくではないか! 長さは80センチから1メートルくらい(に見えた)。すわ、銀河鉄道999の蒸気機関車か。

見間違えだろうかと、なおも目を凝らしているとそのうち雲の後ろに消えていった。どう考えても流星ではないし、飛行機でもない。何だか不思議なものを見てしまった、とかなり興奮して翌日、連れ合いに話した。

「それって、イーロン・マスクのスターリンクだよ」ととっても冷静な返事が返ってきた。全世界インターネットアクセスを可能にするスペースX社のスターリンク衛星なのだという。私は聞いたこともなかった。そして、ちょっと調べてみると、どうやら私が見たのは6月12日に打ち上げられたスターリンク5−11だったらしい。

https://starwalk.space/ja/news/spacex-starlink-satellites-night-sky-visibility-guide

羊と山羊の健康と多産を願う祭り

年に一度、復活祭の一週間後の日曜日に聖ジェラルド村で、羊や山羊の多産と無病息災を祈る祭りが行われる。羊飼いが羊や山羊を連れて巡礼に来ると、村の中心にある小さな礼拝堂の周りを一方向に3回、反対方向にもう一度3回まわる。きっちり3回ずつ回らなければいけないというが、これがなかなか難しい。

連れて来られる羊や山羊は、何でこんな所まで連れてこられるのか理解していないし、たくさんの見物人に囲まれて礼拝堂の周りを回らなければならない理由もわかっていない。しかも3回周ったら方向転換をさせられる。

羊飼いの方は必死である。3回以上回ってしまったら御利益がなくなってしまうのだから。

カラフルな毛糸の飾りを頭につけてベルを首から下げた羊と山羊の群れが小さな村の、小さな広場にある、小さな礼拝堂の周りを回る祭り。とても素朴だが、昔はかなり遠くから家畜を連れて羊飼いがやってきたという。

村のウエブサイトはこちら。

猫の写真?

これは何でしょう? 私には疑いようもなく猫の形に見えた。面白がって友人に送ったら「何、これ?」と言われてしまった。追い打ちをかけるように「何でこんな写真を送ってきたのかわからない」とも。

そして気がついた。物の見方は人それぞれで全く異なるのだということに! 猫好きの私には猫の形のように見えても、そうでない人には「???」

皆さんにはどう見えますか?

 

写真は上から

友人に送った写真(上二枚)

下二枚は本物の猫の影。

 

セーラ・ダ・エストレラその後

セーラ・ダ・エストレラの大規模森林火災は8月13日に鎮火され、そのまま収束に向かうかと思ったのだが、15日に再燃。18日まで、28,1212ヘクタールを燃やして18日に鎮火された。セーラ・ダ・エストレラ自然公園は総面積の25パーセントに当たる22,065ヘクタールを消失。深刻な被害から回復するまでにはこれから50年はかかると言われている。

この地域では放牧が盛んなのだが、放牧地が焼失してしまったせいで家畜の餌をどうしたらよいのか、地元の農家は途方に暮れている。

温暖化の影響で、これからポルトガルでは森林火災はこれまでの3倍に増えるだろうという試算も出ている。2005年に移住したが、その当時から比べても既に3倍くらいは森林火災の発生率は増加したような実感がある。

8月20日から数日間は熱波が再来する。干ばつと森林火災。生活の仕方を真剣に再検討しなければならない。

 

参考までに、ポルトガルのニュースサイトRTPのリンク。

セーラ・ダ・エストレラの大火災

八月六日から1週間燃え続けたセーラ・ダ・エストレラの森林火災がやっと鎮火した。セーラ・ダ・エストレラはポルトガル大陸部の最高峰1,993メートルのトーレを頂点に、広大な自然保護区域を抱えている。

六日の早朝三時過ぎにコビリャーで出火して以来、五つの自治体をまたいで燃え続け、自然保護区の10パーセントを超える17,000ヘクタールが焼失した。気温は47度を記録した一時期の猛暑に比べれば10度程度は低いがそれでも30度台後半。地形が複雑で接近しにくく、風向きがコロコロと変わり、消化作業は困難を極めた。連日、1,500人に上る消防隊員、500台近くの消防車、空中消火の飛行機とヘリコプターが投入された。

その間、他に森林火災がなかったわけではない。セーラ・ダ・エストレラの森林火災から西に約50キロで発生した森林火災は24時間程度で消火されたものの、移動速度が速く、民家や農地等に被害が及んだ。

報道はどうしても人間中心になってしまうが、森林を住処とする野生動物の被害はどのくらいになるのだろうか。山火事を生き延びたとしても、これから暮らしていく森はもうないし、移住の世話をしてくれる者はいない。

ポルトガルのニュースサイトのリンク

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