大規模森林火災 2024年 雨だ!

19日の夜、雨が降り始めた。だいたい天気予報の雨は、その年の降り初めだと、パラパラか霧雨程度。一週間ほど先に雨の予報が出ていても、その時になってみれば蒸発していることも多い。19日に雨が降る予報は数日前から出ていたが、本当に降るとは信じていなかった。
 

翌20日。夜の間に結構な量の雨が降ったようだ。一晩の雨で庭全体、周りの森林全体が生き返った。煙が全て洗い流されて空気が澄んでいるし、久しぶりに煙の漂っていない空が広がっている。湿った庭に出ると水が撒かれた土の匂いがした。昨日までとは何という違い。これで森林火災の季節が終わる(と思いたい)。
 

だが実際のところ、今回の森林火災の規模はどれほどだったのだろうか。RTP(ポルトガル国営放送)によると、9月14日から18日までにポルトガル本土で94,146ヘクタールが焼失。これは東京区部の2倍の面積である。出火件数は1,044件、大多数が夜間の出火だった。原因は放火または過失と考えられる。ちなみにコペルニクス*によると焼失面積は121,000ヘクタール以上(62,000ヘクタールという情報もある**)。ポルトガル本土で500,000ヘクタールが焼失***(540,000ヘクタールという情報もある****)した2017年の大火に次ぐ規模である。
 

スペインで車が故障!

カステロ・ロドリゴからの帰路。特に急いでいるわけでもないので、まあゆっくりと国境を超えてスペインに入って、国境沿いに南下しようかということになった。

車のラジエーターの調子が悪くて、少し前に修理に出した。水が漏れてしまうのだ。一応修理は終わって帰ってきたが、ある程度の長距離を運転してみないと、本当に大丈夫かどうかがわからない。日常的には半径10キロ以内の移動しかしていない。ということで、長距離ドライブを兼ねて、今回の小旅行は修理後のエンジンやラジエーターの調子を見るという目的もあった。

前日、「川魚しかないけれど」レストランに到着して駐車した時には水漏れもなく、エンジンの温度も普通で問題なかった。食事が終わって、出発直前にチェックすると、ラジエーターのチューブが外れて、水が全て流れ出てしまっていた。エンジンの下の方にあるチューブなので、接続はなかなか難しかったが、連れ合いが何とか接続して、水を入れ直して出発。5分も進むとエンジンの温度が上昇。水温計の温度が上がって、「チン、チン、チン」と警報が鳴った。すぐに停めてまたチェック。今度は水漏れではなくて、どうやらチューブ内の空気が抜けていなかったらしい。空気を抜いて恐る恐る、また出発。今度はどうやら大丈夫。

レストラン・川魚しかないけれど

「Só Peixe do Rio!ー川魚しかないよ!」
12年前の7月の昼下がり、そのレストランに足を踏み入れると店主と思われる男性が声を張り上げた。ジリジリと肌を焼く暑い太陽の下、その村に一軒しかないカフェバー兼レストランには足元にはおこぼれの魚を狙ったネコたちがうろつき、店は満員で熱気に満ち溢れ、混沌としていた。

お客さんは地元(観光客もいたかも)ポルトガル人だけで、外国人は誰もいない。その言い方からして、「ガイジンのお客さんだ。川魚なんて食べたくないだろうに決まっている」と思っていたような口ぶりだった。もしかすると、ガイジンはポルトガルのレストランでは肉を注文するものだと思い込んでいたのだろうか。私たちにしてみれば「川魚! おいしそう!」である。「それ、いいですねえ」というと道路側の席に案内してくれた。相席である。

大規模森林火災 2024年 その後

9月19日。起きると家の周辺には煙が漂っている。ただ、気温は低く、秋の気配というか雨が近づいている匂いがしている。今日の夕方には雨が降る予報も出ているので森林火災が終わったような感じもするが、実はまだ80カ所の森林火災が進行中(今回のピーク時は130カ所に及んだ)。

ウチの集落で山火事騒ぎがあった翌日17日にはタブアの反対側の地域まで山火事が移動していた。風下に住んでいる友人たちは夜中の2時頃に消防団員に起こされて、危険が迫っていると告げられ、高齢者や足が不自由な人たちは村のデイケアセンターに避難。友人デイブは火災から家を守るために居残って消火作業と監視を始めた。夜が明けてから、連れ合いが消火の手伝いに行った。

私は体調不良。何でこんな時に! と思ったが夜中からお腹の調子が滅法悪くてトイレから離れられない状態に。どちらにしろ、二人とも出払って、ウチの周りで火災が起きたらお手上げである。キッチンのソファにねころがりながら、万が一に備える。ウチのおネコ様は昨日から外出禁止である。

連れ合いは昼前には帰宅。山火事はデイブの家のかなり近くを掠ったものの、彼の敷地内には入ってこなかったということである。消火作業はあまりせずに、主に監視をしていたという。とりあえずはよかった。

寒い夜と乾いた昼間

大規模森林火災の記事を書く前に、本当はこちらを書くつもりだった。なかなか書かずにいるうちに、時期を逸してしまったが、せっかくなのでまあ、一応。

9月15日に森林火災大警報が出される直前まで、ポルトガルはこんな感じだった。昼間はほぼ30度以下、夜になると15度以下に。日差しは強いので、太陽位当たっていれば汗ばむが、この時期にしてはかなり気温は低い。温暖化ではなくて、異常気象である。どのくらい「寒い」かこの時期の気温を東京の気温と比べてみるとよくわかる。夜間外出時には上着を持って出ないと、特に風がある時には寒いくらい。これでこのまま秋が深まるものだと思っていた。

それがその数日後、激変するとは...。

写真は上から

IPMAのサイトから、9月4日から13日までの天気予報

同じ時期の東京の予報

 

大規模森林火災 2024年

今年は大丈夫だと思っていた。7月に入るまで雨が続いていたし、7月と8月も2度ほど熱波はあったけれど、最高気温は25度前後と全体的に涼しかった。9月に入って最高気温が33度前後にはなったけれども、夜になると10度から15度まで下がって、肌寒い日が続いた。当然乾燥はしていたが、夏の間中で地表の温度が上がらなかったので、このまま秋、そして冬に向かっていくのだろうと思っていた。

...ところが、9月15日(日)になって、森林火災警戒警報が出された。気温は30度前後しかなかったが、湿度が極端に低く、強い風が予測されていた。翌16日には森林火災はあっという間にポルトガル中部・北部に広がった。朝、窓から外を見ると晴れている日にはくっきりと見える山脈が煙に包まれ、まるで砂嵐の砂壁のように空に聳え立っている。山脈の向こう側、アヴェイロ地域で大規模な森林火災が発生したのだ(下に貼り付けた日本大使館からのメール参照)。一時、私たちが住むあたりまで、煙が漂ってきた。

日本の熱帯夜

今年は超大型台風が通過するなど、日本は大変だったようです。天気予報を見てみると、東京での最高気温が33度前後、最低気温が23度前後。湿度も高くて、大変だろうなと想像しています。

翻ってこちらポルトガルでは去年に続いてどちらかというと涼しい夏でした(でした、というのは8月半ばごろから何だかもう秋の気配になっているから)。確かに2度ほど40度近くまで気温が上がる熱波がきましたが、2、3日で過ぎてしまってそのあとはまた涼しくなったのでそんなにつらくもありませんでした。

明日9月1日以降の気温の予測を見てみると最高気温は30度にも手が届きません。最低気温はほぼ15度以下。11度という日も。夜の外出にはジャケットやセーターが必要そうです。

写真は上から、ポルトガル中部の天気予報と東京都新宿区の天気予報。

8月26日 シネス沖地震

8月26日の早朝05:11、リスボンの南シネス沖60キロの地点で5.3Mの地震が発生。テレビで流れる映像と、座りの悪いものが倒れる程度との報道から、震源地近くでは震度4くらいだったと思われる(ただの感想です)。隣人の中には気がついたという人もいるが、ポルトガル中部のこの辺りではほとんど揺れはなく、私たちは全く気づかなかった。
ポルトガルの地震でよく知られているのは1755年のリスボン大震災。当時はロンドン、パリ、ナポリに次ぐヨーロッパ第4の都市で、飛ぶ鳥も落とす勢いだった首都リスボンが津波に襲われて壊滅的な被害を被った。ポルトガルの衰退はこの地震が原因と言われている(必ずしもそうではないという見解もある。下記の「リスボン地震とその文明的意義の考察」参照)。

44年ぶり! 集落の夏祭り

6月末にもなると、ポルトガル全土が夏祭りモードになり、この辺りでもあちこちで週末に夏祭りが行われる。同時に何ヶ所も、なのでどの村の祭りに行くか悩んでしまう。8月最初の週末にはウチの集落で44年ぶりに開催された夏祭りも含めると、この近くだけで三ヶ所、夏祭りが開催された。

この集落が属する村では毎年、夏祭りが開かれるが、この集落での祭りは44年ぶり。私たちがこの集落に住み始めて初めての夏祭りである。高齢化や過疎化が進んで、集落では夏祭りをやらなくなってしまったという話だった。44年も前から高齢化? とも思ったが、村で祭りが行われるから立ち消えてしまったのかもしれない。

今年の3月ごろに、集落の友人が夏祭りを企画していると聞いた。彼女はこの集落でまた、夏祭りをしたいと奮闘を始めた。「無理に決まっている」「できるわけがない」と最初は否定的な声ばかりが聞こえてきたという。それでも数ヶ月間の準備期間を経て、無事に開催にこぎつけた。近隣の村からはうまく行くわけがない、と失敗を期待して(?)見にきた野次馬もいるという。

猫の歓待

どうしているだろうか、ウチのおネコ様。二ヶ月も1匹っきりでお留守番のシュウシュウ。甘えん坊で怖がりのシュウシュウちゃん(はい、親バカです)。一時帰国中、ずっと気にかかっていた。

これまでシュウシュウがいるからどんなに長く家を空けても二週間が限度だった。こんなに長く留守にするのは忍びなかったが、今回はどうしても連れ合いと二人で一時帰国しなければならなかった。もちろん毎日、同じ集落の友人がエサと水とトイレの掃除など、様子を見にきてくれることにはなっていた。その他にも、三組の友人が日にちをずらして家の中や庭の様子を見にきてくれてはいた。

だが、この二ヶ月間、シュウシュウの姿は誰もみることがなかった。この子はいつもそうなのだ。私たちがいれば人前に出てくるのだが、友人だけだと警戒して姿を現さないのだ。

毎日、エサが減ってトイレが使ってあるから、どこかにいるのはわかっていたが、友人が名前を呼びながら家の中や庭を歩き回っても影も形もなかったという。そのうち、シュウシュウのテーブルの前にセンサーで動くカメラが設置された。設置した友人は、新しい映像が録画されるたびにそれを送ってくれた。一ヶ月以上も経って初めて、エサを食べるシュウシュウの姿を見て、安全が確認できたのは大きかった。元気そうではあるが、たった1匹で寂しそう。ネコの孤食である。

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