第十四日目 レフカダ島泊

レフカダ島を一周。有機栽培のオリーブのみを扱う搾油所を訪ねた。500キロ以上にならないと機械を回しても採算が取れないということで、今日は休業。オリーブは農薬を撒くわけでもないので堆肥が有機でない場合以外、どれも有機だろうと思っていた。搾油所の人の話によると、収穫する時に使う器具にさす機械用の油が混じったら有機とは言えないということだった。有機栽培でないオリーブには農薬が使われている場合がなきにしもあらず、と説明された。

大規模な農園では、オリーブの木におおい被さるようにして収穫する機械を使って夜間、収穫すると聞いたことがある。これは大問題。オリーブの木に巣を作って眠っている小鳥たちが、逃げることもできずにオリーブと一緒に収穫されてしまうのだ。この人の話によると、スペインの大規模農園ではこの機械を使うが、レフカダ島のように、大量生産をしていないところでは昼間、実をゆすって落とす機械で収穫しているという。...よかった...。

オリーブ収穫をしている人を見つけたら、言葉の問題はあるが話してみたいと思っていた。オリーブの下に収穫用シートが敷いてあるのはあちこちで目にしたが、残念ながら収穫しているところには行き合わなかった。

第十三日目レフカダ島泊 移動日

ギャラクシダからミティカスを通ってレフカダ島へ。海岸線に沿って北上する。天気は上々。景色が良いところでは車を止めて写真を撮ったり眺めたり。まだ明るいうちに宿につければそれでいい。

途中立ち寄ったミティカでは、港に面したウォーターフロントに一歩足を踏み入れるか入れないかのタイミングで、タベルナのおじさんに引き止められた。「これから昼なんだろう、ぜひうちのタベルナへ!」 久しぶりにちょっとだけしつこい(?)客引きに会った。ウォーターフロントのレストランやお店はどれも言わば南国風。でも(またしても)どれもあまり変わり映えがしない。引き止められたタベルナが一番地元の店らしかったので、結局、戻ることにした。観光客として扱われたくはないのだ。地元の普通の人々の暮らしを見て、感じたい。

第十二日目 ギャラクシダ泊 世界の中心デルフィへ

神託の聖地デルフィを訪れる。事前に何も調べていなかったが、実際に行って見てみると、写真で見たことがある場所。ここのアポロ神殿で神託が行われていた。有名な「オディプス王」の悲劇は、ここでの神託に端を発している。雨模様の中、見て回ったがパルナッソス山の中腹にあるデルフィは雨模様の中、時々、霧が湧き出て幻想的だった。

一日中雨模様で、時折強雨。宿をとったギャラクシダ(とってもかわいいところだよと、勧められた村)ではせっかくなので散歩に出たが、雨が強くてゆっくりと村を見て回るどころではなかった。このような時に備えて、日本野鳥の会の長靴を持ってきていてよかった!

神託の聖地デルフィ(デルフォイ)の見どころ紹介(ギリシャ)
https://media.eurasia.co.jp/europe/delphi

第十一日目 アテネ泊

アテネ最後の1日。泊まっているアパートで、お昼はまりちゃんといおくんと一緒にスブラキのピタサンドを食べた。午後、ゆっくりとリカヴィトスの丘に登ってアテネを一望する。今日になってやっと雲や霧のかかっていないアテネを見ることができた。民族楽器博物館にも行こうと思っていたが時間切れ。いつかまた来ることがあったら、その時にでも行こう。

夜はプラカ地区でのライブに行く。ギリシャまで来て、異国に来たと実感した。ポルトガル近辺の欧州諸国に行っても、こんな感じはしない。スペインに行く、フランスに行く、英国に行く。でも、異国に行くと思ったことはない。

ギリシャ、トルコ、中近東の歌を聞きながら、思いは遠く、昔の時を駆け巡った。

 

写真は上から

グラフィティのある階段
2004年アテネオリンピック競技場、リカヴィトスの丘から
リカヴィトスの丘から、夕日に染まるアテネ
プラカ地区でのライブ

 

第十日目 アテネ泊 アクロポリスへ!

1979年年末から80年初頭にかけて、アテネに滞在していた。アクロポリスが頭上に迫るプラカ地区。泊まっていたのは貧乏旅行者の間では有名だったプラカイン。食事は屋台で売っていたスブラキのピタパンサンドイッチ。これでもか! というくらいに野菜が山盛り入っていた。アクロポリスに行くことはなかった。観光客が行くところなんて誰が行くか! みたいな貧乏旅行者の意地(?)のようなものもあった。でも行ってみたら1度目は休日で休み、2度目は閉館時間が過ぎて入ることができなかったというだけのこと。

センチメンタルジャーニーっぽいけれど、今回のアテネでは、40年以上前にできなかった(やらなかった)ことを全てやった気がする。アクロポリスとアクロポリス博物館(当時はなかった)を訪ね、レストランで食事。喫茶店で濃厚なココアを飲んでケーキを食べて、市場で自家製ワインを買った。何よりも、移動手段が車である。宿泊も小綺麗なアパートの一室。

プラカ地区は当然ながら変わった。昔の面影はない。観光客で賑わう路地には世界中どこに行っても同じブランドの店が並んでいる。空港のモールと同じだ。土産物店も似たり寄ったりで個性がない。何でこうなってしまうのだろうか。観光客は、つまらないとは思わないのだろうか。観光地なんてそんなものだと思っているのだろうか。

写真は上から

第九日目 アテネ泊 市場へ行く

まりちゃん一家と待ち合わせて、息子のいおくんを保育園に送ってからキプセリの路上市場へ。これまでのところ、会った人はほぼ全員が英語を話してくれた。短期滞在の私たちにとってはありがたい。市場でも、全て英語でのやりとり。自家製のワインやオリーブや夕食の材料を買い込む。

アテネは珍しく曇り空。夕方、散歩に出たら雨だった。急斜面の路上を、場所によっては川のように水が流れていた。

写真は3点とも市場の様子

 

第八日目 アテネ泊

パトラを9時ごろに出発。サロニコス湾とコリンティアコス湾をつなぐために、地峡の丘を掘って作られた断崖絶壁のコリントス運河を訪ねる。連れ合いが子供の頃に本で読んで、いつか行ってみたいと思っていた場所である。運河を渡る橋の上から下を覗くとはるか下方にコバルトブルーの水が見える。水路の先は海へと続く。

それから一路、アテネへ。今回の旅の目的はアテネに1年間の期間限定でアテネに住んでいる友人のまりちゃんを訪ねること。ギリシャ人の運転のマナーも例に違わず、お世辞にもよいとは言えない。ハラハラ、ドキドキしながら宿の近く、ものすごい急斜面の路上に駐車して無事にチェックイン。荷物を置いて早速まりちゃんとその家族に会いに行った。無事、再会!

宿はアテネ中心地からバスで北に40分ほどのキプセリ地区。今の時期、観光客はほとんど見かけない。夕食は近くのレストランでドルマーデス(米やひき肉をブドウの葉で包んで煮たもの)、タラモ、トマトとピーマンに米などを詰めたもの、茹でたダンデュロイン(たんぽぽ。本当に?)を頼んだ。小皿料理だと思ったが、けっこうな量。次回からお持ち帰り用のタッパを持参しよう。

写真は上から

コリントス運河に行く途中に寄った漁村の風景

コリントス運河

夕食はこれ!

第7日目 パトラ泊

カフェの隅っこで寝ていたが、寒くなってきたので夜中に船の中程にあったソファに移動。朝までぐっすりと眠った。誰もソファにいなかったなんてラッキー! と思っていたら、「ここでは横にならないでください」という注意書きが壁にあったことに、起きてから気がついた。

気持ちの良い快晴。空気は明らかに暖かい。船の中はギリシャの時間でポルトガルよりも2時間進んでいる。フェリーは20時、ほぼ定刻に到着。パトラの街中を通り抜けて郊外にあるホテルに到着した。

 

閑散とした夕方のカフェ。パトラ着岸直前。

 

第6日目 船中泊

宿の朝食は数キロ先の村にあるパン屋兼カフェテリア。着いてびっくり、田舎のパン屋なのに、様々なパンやケーキやお菓子が綺麗にショーケースに並べられている。こんなに品揃えがよくて、しかもセンスのいいお店は滅多にない。

フェリーの出発は20時半。2時間前にチェックインを済ませておけば良い。時間は十分にあるので途中、アッシシに寄る。動物に慕われた聖人として有名な聖フランシスコ生誕の地である。観光シーズンでもないのに、駐車場には観光バスが目白押し、街中は観光客(巡礼?)で溢れていた。観光のピークシーズン、地元の人たちは大変だろうなあ。

アッシシから北に向かい、山を越えてアンコラに向かう。アッシシは快晴だったのに、山に入ると曇り空。アンコラに到着した時には霧雨で、まだ早いのに随分と暗くなっていた。途中、食料の買い出しにショッピングセンターに寄ろうかと思っていたが、アンコラ周辺にはない?! やっと見つけた街中のスーパーで買い出しを済ませる。ショッピングセンターのせいで、地元の商店街が衰退するのはわかっている。ないのはいいことだが、ちょっと焦った。

このフェリーでは船室は予約しなかった。最初のフェリーの船室は一室最大4名で50ユーロ。このフェリーは一室300ユーロと高かった。

第5日目 カステル・サン・ジオバニ泊

眠ったのか眠れなかったのかわからない一晩だった。10時半のチェックアウトに合わせて目覚ましは10時にセットしておいたけれど8時半には目が覚めてしまった。

宿を出発して最初の村のカフェで朝食。コーヒーの注文でつまづいた。イタリア語で何と言ったっけ? ポルトガルではメイア・ド・レイテ(ミルクコーヒー)をよく注文する。スペインで、それはカフェ・コン・レイチェだ。同様にイタリアでカフェ・コン・ラッテを頼んだら、エスプレッソのコーヒーにミルクが少し入ったものが出てきた。ポルトガルだとエスプレッソにミルクを数滴垂らしたこれはカフェ・ピンガ。

連れ合いはポルトガルでいうアバタナード(日本の「ホット」)を頼もうとしていた。スペインでカフェ・セン・レイテを頼んだら、「カフェ・ソロ?」と聞かれた。そうだというと想像していた「ホット」ではなくてエスプレッソが出てきた。ポルトガルでは「カフェ」を注文すればエスプレッソが出てくる。スペインとイタリアではアメリカーノが「ホット」だった。う〜ん。

宿があるイタリアの小さくて静かな田舎の村カステル・サン・ジオバニにはチェックインにはまだ早い昼過ぎに到着。村の中心に城壁があり、城壁の中にも民家がある。宿も城壁の中だ。車もあまり来ない村の路上の暖かい日差しの中で、猫たちがのんびりと日光浴をしている。

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