November 2020

アルガルベの小旅行 その六(最終回)

ヴィラ・レアルとキャンプ場

塩田などを見学してから今度は内陸へ。この日、私たちはキャンプを考えていた。良さそうなキャンプ場があれば、そこに泊まってもいいし、なければ適当なところでテントを設置するつもりだった。

この日、塩田の散歩も、偶然見つけた穴場レストランでのランチもよかったけれど、ハイライトはキャンプだった。

キャンプができそうな場所を探して、随分とドライブした。だが、どこまでいっても農場や牧場は道路から柵で隔たれて、適当な場所がどうしても見つからない。キャンプ場も見当たらない。段々と暗くなってくる。最悪、町のペンションかホステルに行こうと話し始めていた。地図をもう一度、確かめると向かっていく先にダム湖が幾つかある。そこまで行けば、絶対どこかにキャンプができそうな湖畔があるはず。希望をつないでダム湖を目指した。

何と、「キャンプ場」の看板が。営業していないかもしれない、とは思ったが、そのキャンプ場に向かった。

ゲートは空いていた。職員らしき3人がプールの側のテーブルでビールを飲んでいた。その頃にはもうすでに周りは薄暗く、トワイライト・ゾーン。

ゲートを入って車を停める。他には誰もいない。...これは営業していない???

アルガルベの小旅行 その五

途中、漁港に寄って魚市場を見学してからタビラへ。

Tavira(タビラ)

タビラの海岸がきれいだとは、もう何年も前から聞いていた。フェリーで砂州のようなタビラ島に渡る。真っ白な砂、透き通った青い海。但しここはまだ大西洋。水は冷たい。膝まで水に浸かって退散...。海岸は貸切状態とは言わないが、ほぼ人はいない。レストランもバーも、開いている店は数えるほどしかない。

Villa Real de Santo Antonio(ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオ)

ここはスペインとの国境の街。ファロからの列車はここで終着となる。ここの名物は昔ながら方法で塩田で乾燥させて作る塩(他にも名物はたくさんあると思うけれど)。名前は忘れたが、有名なシェフが世界で一番美味しい塩だ、と言ったとか言わなかったとか。ここで一泊して翌日、塩田を見学に行った。

 

写真は上から

立ち寄った漁港

タビラの海岸

途中で立ち寄った可愛らしい集落。砦がある。

集落の全景

アルガルベの小旅行 その四

Ponta de SagresからはLagos、Portimao、Albufeiraは飛ばしてファロへ。細かく見ればそれぞれに面白い見所はあるのだろうが、今回は5泊6日。全て見る時間はない。ファロはアルガルベ県の主都。ここから、海岸線に沿ってスペイン国境まで鉄道も走っている。

 

Faro (ファロ)

ファロは過去に、一度だけ通過したことがある。バスターミナルで乗り換えただけで、街には出ていない。スペインのセビリアやグラナダに向かうことで頭がいっぱいで、当時はマイナーだったファロに興味を持つこともなかった。20年以上前の話だ。だから、ファロが20年でどれほど変貌したのかはわからない。

驚いたのは街の中心地と空港との距離だ。マリーナを隔ててほんの1キロもないのではないのだろうか。ファロ滞在中に、飛んでいる飛行機は見なかった。地上で何機も待機している飛行機が見えた。

市内も人出はあるものの、店もレストランも閉店中のものが多い。中心部で2軒だけ、開いていたレストランは誰もがここに来るのだろう、一応、客席の距離はとってあるものの、まあまあの混み具合だった。

アルガルベの小旅行 その三

朝食を終えて、出発。今日は南に下り、最南西の岬を経て西に進路をとる。まず最初に訪れたのはサーファーの街、アリファナだ。

 

Arrifana(アリファナ)

町は崖の上、白い砂浜は崖の下。アリファナに着く頃には雲は消えていた。明るい日差しを反射させる青い海と白い砂が眩しい。10月になって気温はそんなに高くはないのだが、ウエットスーツをきたサーファーで賑わっている。砂浜からは岩に隠れて見えないが、小さな漁港もある。引き潮の時は砂浜から岩場を伝って歩いて行くことができる。漁港では、

もう昼近いのに漁船が出たり入ったり。 活気がある。入港した船から荷を降ろしている漁師がタコが入ったバケツを見せてくれた。

 

Cabo de Sao Vicente(サン・ヴィセント岬)

Ponta de Sagres(ポンタ・デ・サグレス)

ここがポルトガルの最南西。だが、私にはあまり印象が残っていない。確かに地の果てのような感じはするのだが...。次に訪れたPonta de Sagres(ポンタ・デ・サグレス)も印象が薄い。青い海と崖を見慣れてしまったせいだろうか。どちらも、観光客はパラパラと見かけた。

 

写真は上から

アルガルベ小旅行 その二

Zambujeira do Mar(ザンブジェイラ・ド・マール)

第一日目の宿泊地。ここはサーファーの町。サーファーが経営するHakuna Matata Hostelに宿泊。今晩の客は私たち以外にもう一組のみ。オーナーの兄(もしくは弟)が経営するバーが今日で閉店するというので、浜辺を見おろすそのバーに直行。大西洋に沈む夕日が空を真っ赤に染めていた。

翌朝、起きると、外は曇り空。チェックアウトまでにはまだ時間があるので、散歩に出る。前日とはぜんぜん違う表情を海は見せてくれた。

 

写真は上から

大西洋を背に、バーでのひと時を楽しむ人々

大西洋に沈む夕日

Zambujeiraの全貌

丘を越えた反対側にある海岸

アルガルベの小旅行 その一

ポルトガルは今でも、ヨーロッパ北部と比べて物価が安い。アルガルベ県はポルトガルの最南端に位置し、温暖な気候と美しい海岸線が人気で、観光シーズンは観光客で溢れかえる。 砂漠の島、なんていうロマンティックな名前の島もある。北ヨーロッパの人にとって、 一年中太陽が燦々と輝くポルトガルは憧れの地。 退職後の年金暮らしでも、自国では手が届かないような広い庭にプールもついた「豪邸」暮らしもここならば夢ではない。

負の面もある。アルガルベはどこに行っても観光化が激しく、ポルトガルの素顔は見られないと聞いていた。ポルトガル語を一言も話さなくても英語だけで生活でき、英国と同じようなパブやフィッシュ・アンド・チップスの店があちこちにある。 物価の安い国で安い酒を思う存分飲んでただ騒ぐことだけを目的に来る不埒な奴らも多い。

旅の恥はかき捨て的な観光客を見るためにわざわざアルガルベまで行きたくはない、と移住して15年間、一度も足を踏み入れたことがなかった。だが、コロナの影響で観光客がぱったりと途絶えた。

今こそチャンス、と9月初めに一週間の旅行を計画した。が、その時期、期待していた雨が降らず、空気は乾燥し、森林火災があちこちで発生していた。この時期に家を離れるのはやはり心配だということで、一ヶ月延期して10月初めに一週間の旅に出た。

アリス、旅立つ

11月1日日曜日の早朝、アリスが逝ってしまった。10月半ばにリスボンで会った時には元気そうにしていたので、そのうちまた、村に戻ってくるかもと多少、期待していた。

一週間前の日曜日には家族と一緒に昼食を食べている。変わったところはなかったのに、翌日に体調を崩して入院。

村に住むアリスの妹ローザがアリスの娘エレナと頻繁に連絡を取り合っていた。一度はアリス本人とも電話で話している。木曜だったか金曜だったか、アリスの家の前でローザに会った。アリスの容体が悪く、人工呼吸器につながれている、だからもう話しもできないと報告してくれた。「人工呼吸器って、じゃあ、コロナなの?」と聞くと、違う、と言う。

「神の御心のままになるしかないのよ、そうでしょ?」 無宗教の私は答えに詰まって「ええ、そうね」と言葉を濁した。

1日の朝、スーパーで買い物をしているとエレナから電話が入った。電話に出る前に用件はわかっていた。入院して亡くなるまでの一週間、コロナのせいでお見舞いが禁止され、入院中、アリスは家族の誰にも会うことができなかった。

メロンパン

メロンパンの起源には元宮廷料理人だったアルメニア人のパン職人が、ハルピンから日本の帝国ホテルに引き抜かれて来日したのちに、パン製造の様々な技法や食感を組み合わせて生まれたという説がある。他にも、駒込木村屋の店主が作り出した新しい菓子パンがルーツという説、アメリカ経由で日本にきたメキシコの菓子コンチャ或いはドイツのストロイゼルクーヘンがルーツだという説もある(以上、Wikipediaのメロンパンの項より)。

でも、私は密かにメロンパンの起源はポルトガルのパオン・デ・セウ(パオン・デ・デウスとも呼ばれる)ではないかと思っている。パオン・デ・セウは天国のパン、パオン・デ・デウスは神様のパン。

見た目も、食感もそっくり。町のカフェには大抵どこにでも置いてある。パステル・デ・ナタ(エッグタルト)やパオン・デ・ロー(カステラ)に隠れてあまり目立たないが、コーヒーとパオン・デ・セウがあれば、朝食は完璧!?

 

写真は異なるカフェで注文したパオン・デ・セウ