家を作る

去年の10月15日の大火で全焼してしまったレインの家は、 ポルトガル特有の石造りの家だった。二人の娘を育て、一時期は馬も飼っていた。何度か遊びに行ったことがある。整然と片付いているわけではないが、思い出が隅々まで詰まっているような家だった。

徹底的に持続可能な生活を目指し、実践していた。...もちろん、今でも実践している。創意工夫の人で、多少頑固なところもあるが、地元のコミュニティの推進力でもある。

火事の後、この状態ではこれからどうやっていくか考えられない 、と全焼した家の片付けを終えてから数ヶ月間旅に出た。帰ってくると、早速再建に取り掛かった。

「今までと同じことはもう、できないわ。今度は火事でも燃えない家を作る」

そして、作り始めたのが粘土壁の家である。真ん中に断熱材及び補強材としてウールを入れて少しづつ、積み重ねていく。夫には軽い身体障害がある。日常生活に支障はないが、重労働ができない。コンクリのミキサーを回し、バケツで粘土を運び、彼女は黙々と作業を続ける。

8月13日に遊びに行った時には、近所の友人が手伝いに来ていた。彼女は毎週手伝いに来るのだという。たまたま里帰りしていた娘も、手を貸していた。もちろん、私も手伝った。

ピザ・パーティ!

石造りのオーブンがある友人の家にピザ・パーティに招ばれた。彼女の家はアヴォの郊外にある。去年10月の大火で、農地やティピィは焼失したけれど、彼女の家は奇跡的に焼失を免れた。家のある山麓はほぼ全滅。隣人の多くがいなくなってしまった。彼女も大火の直後、「もうこんなところには住めない。友人が皆、いなくなってしまったし、どちらを見ても焼け跡で真っ黒。山火事のないとこをに引っ越すわ!」と言っていた。

数週間前に会った時、「いろいろ考えたけれど、やっぱりここに留まるろうと思い直したの」と言っていた。

庭にあった木はほとんどが焼失してしまった。山麓も木がなくなってしまったので、見通しが良くなった。すぐ下にある村が良く見える。

写真は上から、石造りのオーブン、お好みで作るピザに乗せる具、ピザを作っている友人。

ローロウザの中世夏祭り

ポルトガルの夏は毎週どこかで夏祭りが行われている。私たちのお気に入りは中世の夏祭り。村人が中世の衣装を身につけ、屋台や夜店がところ狭し、と道や広場を埋め尽くす。中世をテーマにした寸劇や大道芸が路上で披露される。コインブラなど都市でも中世の夏祭りは見られるが、村で催される中世祭りはさらに味わい深い。ということで、ローロウザ村の中世夏祭りに行ってきた。

この祭りも年を重ねるごとに少しずつ規模が大きくなっている。出し物もさらに工夫されて面白くなってくる。

今年は教会前の広場で魔女狩りの寸劇が行われ、子供達がそれこそ釘付けにされて見ていた。広場の真ん中に十字架が立てられ、その周りに火がともされる。チロチロと燃えるその火で魔女が火刑に処される...魔女役の女性は十字架の前まで連れては来られるが、もちろん、火刑に処されることはない。その代わりに、中世の時代には魔女だと言いがかりをつけられて多くの女性が処刑された、という説明で終わる。

この日の目玉は中世の「騎士」による競技だった。村の教会の裏に作られた俄仕立ての競技場で二人の馬上の騎士による競技が行われた。騎士は兜をかぶり、鎧を身につけ、槍で武装している。

緑のカーテン

毎年夏になると、庭で成長するレモンバーベナを収穫、乾燥させてハーブティ用に保存する。今年はすでに一度、収穫した。その後、かなり育ってきたので2度目の収穫をした。

猛暑を引き起こした熱波が通り過ぎた数日後、夕方、レモンバーベナの茂みにたっぷりと井戸水のシャワーを浴びさせた。翌日の収穫に備えて葉っぱについたホコリを落とすためだ。

翌朝、生気を取り戻したレモンバーベナを収穫、屋内に吊るして乾燥を始めた。

写真は上から、緑のカーテンのようなバーベナと天井に吊るしたところを見上げたもの。数日間はいい香りで楽しませてくれる。

ジャッキー・バステック

ギター職人の友人を訪ねて、彼が作ったギターを弾いているジャッキーがドイツから訪ねてきた。彼女はギタリストであり、シンガーソングライターでもある。

年若いのにすでに十分に才能は開花している感じ。ギターを体の一部のように扱う。

一週間ほどの滞在中に、ウチにも遊びに来た。写真はタブアのグリーン・ビーンカフェでリサイタルを開いた時のもの(7月29日)。

 

ジャッキーのリンク: https://www.jackybastek.com/about-1/

グリーン・ビーン:https://www.facebook.com/greenbeancoffeehouse17/

イベリア半島の記録的猛暑

ヨーロッパの過去最高気温48度(1977年、ギリシャ)には及ばなかったが、アフリカから流れてきた熱波の影響で、ポルトガルでは最高気温が40度を上回った。

天候不順で例年になく雨が長引き、7月29日までは「冷夏」(最高気温が28度前後、夜は15度前後)で、いったい夏はいつ来るのだろうかと話していたのに、7月30日、31日と気温がどんどん上昇、8月2日にはとうとう40度を超えた。

ポルトガルの過去最高気温は2003年の47.4度。記録更新とはいかなかったが、うちのあたりでは連続5日間42度から44度の高温となった。

サハラ砂漠の砂で、空は薄い黄土色。吹いてくるのは熱風。真昼は家の中で何もせずにじっとして、ただ、耐えているしかなかった。

ちなみにうちのあたりは8月1日が38度、2日42度、3日43度、4日43度、5日44度、6日40度となっている。7日には熱波が通過したため、30度まで気温が下がった。

皆既月食 7月28日

この日、この辺りでは皆既月食の最中に満月が昇ってきました。ベランダの真正面から昇ってくる! と思っていたのですが、ちょっとずれていました。それでも友人を招いてワインを飲みながら鑑賞しました。

手振れのせいでこうなったのですが、不思議な写真が撮れたので、お見せしますね。

 

トレシュ・ヴェドラシュ/写真

このブログでは、写真が一件につき4枚までしか添付できないので、もう4枚、トレシュ・ヴェドラシュの写真をお見せしますね。

写真は上から

大砲の実演

火縄銃の実演(種子島に来たやつかも!)

軍営地の様子。テントの前に5リットル入りのワインボトルがあるのがポルトガルらしい(真ん中のテント)

軍営地の様子。軍営地では女性たちも働いていた様子だ。

トレシュ・ヴェドラシュの新・侵略芸術祭と中つ世(なかつよ)の祭り

 

リスボンから北に約50キロ。その昔、アラビア語を話すイスラム教徒ムーア人が定住していたため、街にはムーアの城の遺跡が残っている。また、1800年代には英ポ軍が仏軍を破った半島戦争の舞台にもなっている。戦いに備えて英国はトレシュ・ヴェドラシュ防御線を設置した。その一部も保存されている。

このトレシュ・ヴェドラシュでノバ・インヴァソインシュ(新・侵略)と銘打ったアートフェスティバルが隔年、開催される。今年はその第3回目で、日本がテーマ。日本の映画や「日本と日本人」「日本に住む・学ぶ」等の講座やカンファレンスと共に客演として舞踊家の田中泯さんとJET三味線オキタさんが招待された。公演は野外で行われ、入場料などは取られない。

メインの日本関連行事以外にも、恒例の中世期を模倣した市場や中世の砦での歴史的イベントの再演など盛りだくさん。ポルトガルの祭りは山ほどあるが、これはかなり楽しめた。なにしろ地元住人が中世風のコスチュームを身に着けて、路上や広場でたき火を起こして作ったスープや揚げパンを売るなど、町中がどこも中世なのだ。毎日、夜半まで賑わっているので朝はゆっくり。街の中心にある教会の回りに立つ市場は昼過ぎ頃からぼちぼちと店を開ける。

聖ヴィンセント砦には軍の野営地が設置され、日に数回、火縄銃や大砲の実演が行われた。

和食ワークショップ

 

シュタイナー・スクールの生徒と在宅教育(ホーム・スクーリング)を受けている子供たちを対象に、和食のワークショップをやった。メニューはどんぶりもの。菜食やヴェーガン(動物由来のものを食べない。卵、牛乳、チーズも不可)の子どももいるので、使える食材は制限される。アボガドをマグロに見立てた「アボガド丼」で、ヴェーガンの子供以外は食べられる和風卵焼きも作った。

デザートは前日に、隣のアリスと一緒に作ったカステラの原型パオン・デ・ロー。卵も砂糖もたっぷり使ってふっくらしっとりときれいに焼き上がった。ヴェーガンの子供はこちらも食べられなかったが、和気あいあいと、時には真剣に子供たちは調理に没頭。満足げだった。(10月11日)

 

写真は上から

真剣に包丁を使う

きちんとノートも取っている

大満足の昼食会!

隣のアリスにパオン・デ・ローを伝授してもらう

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