真夜中の逃避行
10月に入ってポルトガルでは異常気象が続いている。雨が降らない。4月以降、雨がぱらついたのは一度だけ。連日35から40度を超える暑い夏を経て乾燥しきったポルトガル大陸部では大規模森林火災が多数、発生していた。
10月6日夜23時21分、ポルトガル中部に位置するベンフェイタ村から直線距離で6キロ程の、アソール山脈自然保護区の南カスタニェーロ・ダ・セーラで火災が発生した。
10月7日、風光明媚な谷間の村ベンフェイタの広場では朝から定例の手工芸品や有機農産物の市場が開かれていた。この村は一時期、過疎化が進んで寂れていたが、オランダ、英国、ベルギー、ドイツなど北ヨーロッパの移民が「再発見」してから、周辺の山間部に点在する集落や森林部への移住者が増えて活気を取り戻した。
この日、市場は開かれたものの、ゆっくりと頭上を流れるぶ厚い煙が気になって、落ち着かない。ポルトガルに移住して長いドイツ人バーバラは、「山火事を恐れながら暮らすのはもう、いや」と言う。数週間前にはベルギー人のトムが引っ越すことを考えていると言っていた。
振るわなかった市場に見切りを付けて、2時過ぎには店を畳み、アソール山脈自然保護地域に隣接している友人メイリーンの家に向かった。連れ合いが一時帰国しているため、彼女は一人で農地の整備や果樹の植林をしていた。彼女の家は、ベンフェイタとカスタニェーロ・ダ・セーラの丁度中間。煙に向かって運転しながら一抹の不安がよぎった。
ほとんど車が通らない田舎道に車を停めて、山道を下ること10分。改築した小さな小屋に辿り着いた。敷地内には数多くの廃墟があるが、現在使えるのはキッチンとリビング、そしてベッドルームを兼ねた四畳半程の広さのこの小屋だけだ。下階がバスルームと収納になっている。キッチンからは谷を見下ろすように視界が開ける3畳程のベランダに出られる。将来は、廃墟を改造して仕事部屋など目的別の小屋にする予定だ。
2ヘクタールの敷地内には干ばつでも水が流れる小川がある。購入した当初、急斜面にはイバラが生い茂り、荒れ放題だった。少しずつ、人手も頼んでイバラを切り開くと、石垣の段々畑が姿を現した。今では、小屋から小川までは下草やイバラはきれいに刈り取られ、生い茂った雑草の下で生気を失っていたオリーブやイチジクの木がのびのびと枝を伸ばしている。
山火事は気になったが煙は薄くなり、時折、青空がのぞく。この辺りは深い谷がいくつも切り込んでいる山間部で、彼女の家は三方が急な丘となっているため、見通しがきかない。特にこの山火事は尾根の向こう側で燃えているので、尾根に達しなければ目視できない。山火事との距離や状態は流れてくる煙で判断するしかない。
暗くなりかけた頃、夕食の準備を始めた。「この煙では、星空は見えないわね」と話ながらベランダで食事をしていると、谷間の先に見える丘の後ろから白くて細い煙が立ち上り始めた。山火事だ。一筋の煙はあっという間に太い黒煙となった。「あの火事も大変そう」といいながら、食事を終えて、裏の山火事をチェックした。鎮火に向かっていると思い込んでいたが、尾根の向こう側から入道雲のように煙が沸き上がっているのが見えた。風にあおられて再燃したのだ。
メイリーンの家にはインターネットもテレビもない。つまり、情報を得る手段がない。一番近くの隣人は、数キロ下に住むリバーとエマ(一時帰国中)だ。山火事が発生すると、この移民コミュニティでは見晴しのいい高台に数人の見張りをたてる。火事の様子は逐一、FBに上がってくる。リバーに電話をすると、FBを見ながら、今晩は寝ずに見張るつもりだという。
「危険が差し迫っている訳ではないらしいから、大丈夫じゃないの」とメイリーンは至って楽観的である。私はそこまで楽観できない。聞けば、貯水タンクに水はあるが、水圧が低くて家の回りに水を撒くことはできないと言う。
取りあえずは、上の道に駐車した車を下の道に移動させることにした。万が一火が迫って来た場合、山火事に向かって山道を上がるよりは、遠ざかる方向に下る方がいい。私は自分の所持品を全て車に載せた。メイリーンは最も大切なものだけを取りあえず持って家を出た。もう、11時半を回っている。車だけ移動させて家に戻るつもりでいた。だが、それぞれの車を停めて山道を上り始めると、煙が炎を反射してオレンジ色になっているのが見えた。尾根のすぐ向こう側まで、火が迫っているのだ。
どうしよう、と迷っているうちに、尾根が赤く染まり、ちらちらと炎が見え始めた。炎の手前にある木が、黒いシルエットとなって浮かぶ。ここから火災前線までは約500メートル。家までは上り道で300メートルくらいだろうか。「私、やっぱりもう一度、荷物を取りに戻る」 メイリーンにとっては勝手の分かる農園だが、私にとってはなじみのない土地だ。行って戻ってくるくらいの時間はありそうだが、暗い中を幅がほんの50センチ程の山道を懐中電灯で照らし、山火事を気にしながら往復したくはなかった。メイリーンは一人でケータイと懐中電灯を持って、山道を登って行った。
火災前線は尾根に沿って左右に広がって行く。消防車が数台、山道を通って現場に向かう。火の手前で点滅する消防車の青いライトが見える。30分程して、メイリーンが戻って来た。
「何を持って行ったらいいのか、決めるのって難しいわね。これは燃えても、後悔しないかな、それとも後悔するかな...といちいち迷っちゃったわ」 のんびりとそんな話しをしていられる状況だとは思えない。彼女をせっついて車に乗った。
リバーの家に行くと、彼も避難準備をしていた。「みんな、ベンフェイタの教会に集まっていると言っているよ。僕も取りあえず、教会に行こうと思うんだ」 彼がバンに荷物と怖がってなかなか乗ってくれないペットのヤギを積み込んでいる間、私とメイリーンはホースで家の屋根に水をかけ始めた。近くの小川から取水しているので、水は流しっぱなしにしたまま、ベンフェイタの教会に向かった。途中の村では、村人が路上に出て、山火事の方角を見ている。狭い村道で消防車とすれ違った。
教会の下の駐車場には数台の車が停まっていたが、人影はない。暗い駐車場の空気は冷たい。ヤギの乗っているバンと私のジープを残して、3人でメイリーンの車に乗って、リバーの家に引き返す。修理したばかりのエマのヴィンテージ車をみすみす燃やしてしまうのは忍びない。途中で共同生活農場ミザレラのメンバーが避難を始めているのが見えた。リバーの家からは燃え広がっている火災前線が見えたが、火はまだ尾根上でこちら側には降りて来ていないようだ。教会に戻って来た。村は何事もないかのように静かだ。
「どうしようか」既に夜中の1時を回っている。村の中心広場にも人影はない。車の中で、夜明かし? と一瞬思ったが、考えれば自宅まで50分で帰れるのだ。メイリーンとリバー(とヤギ)と私(?)は私の自宅に避難することになった。早朝2時半頃、帰宅。時間の感覚がなくなり、何だか暗い道を延々と運転し続けていたような気がする。
誰も眠くはなかった。ヤギを安全な場所につなぐと早朝4時頃までひとしきりおしゃべりをしてから寝た。自宅が心配だったリバーとメイリーンは翌朝まだ早いうちに帰宅した。メイリーンの家の裏にある松林は、小屋から10メートル近くのところまで焦げていたが、二人の家はどちらも無事だった。
この山火事は広範囲に燃え広がり、4日後の10月10日の早朝5時51分に鎮火された。
写真の説明。上から。
10月7日午前中、ベンフェイタに向かう途中。
煙で真っ赤になって沈む太陽。
尾根まで迫って来た炎。
ヤギを連れて帰宅する友人たち。
火災旋風の映像。私たちが逃げ惑っている頃、こんな現象が起きていた。https://www.youtube.com/watch?v=kQDdd6ZUHtw




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