アリスの誕生日

隣のアリスのお誕生日に呼ばれた。私たちがポルトガルに越して以来の友人で、この集落の中でも信頼され、一目置かれる存在だ。7人姉妹の一番上で、姉妹の中で一人だけ、運転免許を持っていた。毎日、昼食後に数時間、営業される集落のコミュニティ喫茶店を切り盛りしていた。文字が読めない村人たちの手紙や書類を読んであげていた。私たちが長期に家を開けるときには、必ず彼女に声をかけて鍵を預けて行った。

アリスはこの誕生日で88歳になった。サラザールの独裁政治が始まった年に生まれ、人生のほぼ半分を独裁体制の下で生きてきたことになる。無血革命によって、サラザール政権が打倒されたのは1974年4月25日 。ポルトガルは共和国となった。

独裁政権下での生活は貧しくて大変だったとは聞いた。だが、集落での生活には楽しみもあった。村人が集まって一緒に音楽を楽しんだり、踊ったり。誰もが農業を営んでいたから、現金がなくても食べることにはそこまで困ったような話は聞かない。もっとも、この集落の人たちは一時期、リスボンに出稼ぎに行くなど、相対的には恵まれていたようでもある。アリスも、何年間か夫と共にリスボンで生活している。

オーストラリアの森林火災—動物たちは生き残れるのか

2万5千頭。オーストラリアのカンガルー島で森林火災の犠牲となったコアラの推定頭数である。もともと、この島には5万頭のコアラが住んでいた。コアラは危機が迫ると、ユーカリの木の一番高いところに登って体を丸めて危機を乗り切るという。森林火災では、これが仇になった。

森林火災の犠牲となったのは、当然ながら人間だけではない。カンガルーも、馬も、数え切れないほどの小動物も、鳥も、爬虫類も昆虫も犠牲となった。

生き残った動物は、住んでいた森などが焼失したせいで帰れる場所がない。終わりの見えない干ばつで、水も食べるものもない。コアラ動物病院に保護されて手当を受けているコアラは野生に戻されたら、生き延びるのは相当困難だろう。

アラ、間違えちゃった!?

ポルトガルのニュースサイトRTPに、韓国で中国新型肺炎感染患者第一号が見つかったというニュースが写真入りで載っていた。1月20日付。

でもこれって、どう見ても日本の空港の写真じゃないの?

 

 

https://www.rtp.pt/noticias/mundo/coreia-do-sul-confirma-primeiro-caso-de-novo-tipo-de-pneumonia-viral_n1199124

 

写真はサイトからのスクリーンショット。見出しは「韓国 新型肺炎感染患者第一号が確認される」となっている

フェルトでつくるヘッドホン・イヤーパッド

スポンジ状のイヤーパッド、古くなるとボロボロになってしまう。捨てれば、マイクロ・プラスチックになってしまうのだろう。ということで、ここ数年、ヘッドホンはイヤーパッドなしで使っていた。

フェルト細工に目覚めて、そうだ、ウール100パーセントのフェルトで作ればボロボロになることはない! と気がついた。そこで早速、作ってみることに。

型紙を作ってそれを芯にして袋状のものを作り、穴をあけて芯を取り出してから、ヘッドホンに取り付けた。

使い心地は上々。

つくる時にはくれぐれも直接ヘッドホンにフェルト細工はしないように。

新年の温泉旅行 その3

そして、3日目。更に北、オーレンセに向かう。この町には、町の中心に露天の温泉がある。宿は町の中心から歩いて20分ほど、車の駐車を考えて選んだ。まずは荷物を置いて、水着やバスタオルを持って街中へ。

シエスタの時間で店はほとんどすべて閉まっている。閑散として寒々しい。ポルトガルの田舎町のように、冬は活気がないのだろうか。

温泉が開くのは午後5時。開店30分前くらいから人が集まり、列を作り始めた。スペイン人も並ぶのか、と驚きながらも列に加わった。もしかすると入場制限がある?

ほとんどきっちり17時、ゲートがオープンした。列のかなり前の方にいた私たちは無事に入場。男女別の更衣室に向かった。

更衣室に貸しロッカーがあるのはわかっていたが、鍵は持参だったとは考えなかった。バッグにはパスポートも入っている。どうしよう。露天風呂の周りに荷物が置けるような場所はなかった。仕方ないので、ロッカーの奥の方にショルダーバッグを、その前にデイパック、それらを覆うようにダウンジャケットをかぶせて、鍵穴はたまたま持っていたセロテープで止めた。田舎町でみんな常連のようだから、多分大丈夫だろう。

新年の温泉旅行 その2

二日目である。朝から霧雨。それでも時々太陽が顔をみせる。

先ずは、朝風呂である。ペンションで朝食を取ってから早速水着に着替えて露天風呂へ向かった。

数ヶ月前にここを訪れた友人から、山の中に入って行かれる散歩道があると聞いていた。準備は万端、長靴を履いて、傘を持って歩き始めた。ところどころに、豪雨で倒れた大木が転がっている。それでも、散歩道に沿って歩いて行くと、まるで人工的に色をつけたような澄み切った青緑色の滝壺に行き当たった。湧き出る鉱泉に含まれるミネラルの色なのだろう。

帰り道は、近くの村の中を通った。霧雨の中でブドウの剪定をやっている人がいる。もう、そんな時期なのである。

夜、夕食の前にまた露天風呂へ。この露天風呂の周りには何台もキャンピングカーが駐車している。「キャンピングカーの駐車禁止」の表示はあるものの、完璧に無視されている。この露天風呂に来る人たちはほとんどがキャンピングカーで来て、そこで寝泊りしながら温泉を楽しんでいるようだ。

私たちが宿泊しているペンションに泊まる人は少ない。最初の日の宿泊客は2組くらいしかいなかったようだ。2日目は週末だったこともあるだろう、5組くらいに増えてはいるようだった。

新年の温泉旅行 その1

久しぶりの小旅行。南に行こうか、北に行こうかと考えた末、北の温泉に向かうことに決めた。

第1日目。最初に向かったのはソアージョ。ポルトの北西、スペインとの国境近くの村である。ここには、エスピグエイロシュと呼ばれる、トウモロコシを貯蔵する倉がある。同じようなスタイルの倉そのものは、地方によってはそんなに珍しいものではない。けれど、村の一箇所にまとまって建てられているものは見たことがなかった。

ペネダ山脈国立公園に入っていくと、2週間前の豪雨の影響がまだ残っているのだろう、あちこちにプチがけ崩れや大雨の後にだけ現れる小さな滝が見えた。

...と、あれは何だ? 大きな角を持った牛が、道路を歩くのは当然といった風情で、悠々と道路を歩いているではないか...。かなり立派な角である。雄牛に違いない。追いかけてきたりしないのだろうかと恐々と写真を撮った。でも、牛たちは慣れているようで、ちょっと顔を上げて振り向くとまたすぐに道路脇の雑草を食べ始めた。後になって、友人からあの地方には「野生の牛」がいるのだと聞いた。実際には家畜なのだが、放牧されているということだった。

対岸の火事ではない、オーストラリアの森林火災

3年間の干ばつに続いて、2019年9月に例年よりも早く始まったオーストラリアの森林火災シーズン。11月に入ってから燃え広がった森林火災は12月末になっても、猛威を振るっている。連日40度を超える猛暑に加えて、強風、大規模な森林火災で生じる局地的気象現象による落雷で発生する新たな森林火災。12月18日にはオーストラリア観測史上最高の国内平均最高気温41.9度を、翌19日には南部で49.9度を記録している。

去年2019年はアマゾン原生林、カリフォルニアと大規模火災が相次いだ。ポルトガルでも例年のように森林火災が発生している。

日本でこのような大規模森林火災が発生する可能性は低いだろう。想像しにくいかもしれないが、オーストラリアの森林火災の影響は、物流の滞りなどとなって、きっと出てくるのだろう。福島の汚染水を太平洋に放流してしまえば、拡散した放射能で海洋生態系に打撃を与えるだろうし、他国の漁業などに影響が出るのと同じだ。人ごとではないのだ。

普段から森林火災に備えて準備することはできるが、原因を元から断ち切ることはできるのか。例え温暖化を否定したとしても、気象の変動は疑いようもない。素人が周りを見回すだけでも、これまでなかったような極端な暴風、豪雨、浸水、極暑、竜巻、乾燥の発生頻度が上がっていることは否定できない。

カボチャとキャベツのコンテスト

ハリケーンの尻尾が強風と共に通り過ぎる中、12月22日にカボチャとキャベツのコンテストが日曜市場で開かれる。

何をもって順位を決めるのかイマイチわからないが、カボチャは大きさと重量が大きな判断材料となるようだ。今年のキャベツはまあまあだった。カボチャはそんなに豊作だったとは聞かなかったが、立派なものが出品されていた。

今年は特別だったのか、地元の合唱団のゴスペルまであった。歌っていた友人によると、昔は村人たちが楽器を持って歌いながら各戸を周り、それぞれの家からチョリソなどをもらって回ったという。

 

写真は上から、

真剣にカボチャのサイズを測る審査員。

日曜市のゴスペル。衣装も昔風で本格的だ。

今度は豪雨と強風!

ハリケーン・エルサが12月19日にポルトガルに上陸、ゆっくりと北上して抜けていった。影響がなくなったのは4日後の22日日曜日。強風がふきすさび、大雨が降り注ぎ、各地で停電や洪水が発生した。 山間部の急斜面に自宅がある友人が大事をとって避難してきた。

運よく家は高台にあるので洪水の心配はないが、4日間、不要な外出を控えて、停電を繰り返す自宅にほぼ、こもりきりとなった。嵐は時々通過するが、豪雨と強風のせいで外出を控えたことは今まで、一度もない。

土砂崩れがあったとか、林道に木が倒れて通過できなくなったとか、家が浸水したとか、山間部は場所によってかなりの被害が出たようだ。一つには2017年10月の火事で焼けた木がまだ全て伐採されていないことがある。それらの木が倒れて、被害が大きくなった。

 

写真は上から、

ポルトガルほぼ全域に警報が出た。

下の2枚は家の下を流れる小川。普段は川幅が2メートルもないのに、すごい勢いで水が流れていった。

氾濫原が広がっていた。

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