南蛮漬け

ポルトガルから日本に伝わってきたのは、火縄銃とキリスト教だけではない。カステラもボーロも、そして南蛮漬けもポルトガルが元祖。私に言わせれば、メロンパンも多分ポルトガルのパオン・ド・レイ(王様のパン)が元祖。形も大きさも、見た感じもかなり似ている。

カステラは日本に伝来されて以来、日本で進化した。ボーロは日本では直径1.5センチくらいの小さな焼き菓子を指すが、ポルトガルでボーロといえば小さな焼き菓子のみではなくケーキ全般を意味する。言葉の意味が少しずつ、ずれてしまったのだろうか。

だが、南蛮漬けは原型が留められている。初めてカフェで見たときには感激した。見た目も、味付けもほぼ同じ。揚げた魚にタマネギや赤ピーマンをのせ甘酢をかける。

ウチの村に一軒だけあるカフェにも、たま〜にある。「次はいつ、作るの?」と聞いたら、食べたければ明日作ってあげる、と言われた。そして作ってもらったのが写真の南蛮漬け。これまでポルトガルで食べた南蛮漬けの中で、一番美味しかった!

今時のヤギ追い

この辺りでは、今でも伝統的な羊飼いやヤギ追いがいる。羊やヤギを放牧に連れて行き、日がな一日、見守る。のどかなカウベルの音がカラン、カランと風に乗って流れていく。ウチのすぐ前の空き地にも、時々、羊やヤギが村のおばさんに連れられて草を食みに来る。

あまり伝統的ではないヤギ追いもいる。夕方、村に帰ってきたときのこと。細道でヤギの群れに行き合った。車を止めて通り過ぎるのを待っていると、ヤギの後ろからトラックに乗った近所のヤギ追いが。う〜ん、最近は車でヤギを追うのか...。ヤギたちは別に急かされるわけでもなく、ゆっくりと後ろを付いてくる車の前を悠々と歩いていった。

 

写真は上から:

道草を食いながら進むヤギの群れ

後ろからゆっくりと付いてくるヤギ追いのトラック

人が消えた空港

6週間の予定だった一時帰国はコロナの影響で日本に足止めとなり、3ヶ月半に及んだ。そしてオランダ航空の片道切符で6月半ばにやっと日本を後にした。

成田空港から夜11時の便で出発のため、このような時期だからと余裕を見て3時間前には空港に到着していた。京成電鉄を使ったが、乗客はほとんどが成田駅までで降りてしまい、空港ターミナル駅まで行く乗客はほぼいない。通常、列車を降りるとすぐに検問があってパスポート等身分証明書を見せるのだが、係官は誰もおらず、警官が一人、ボックスの上から検問所を通る人を見守るばかりだった。ターミナルビルの地下にあるコンビニは開いていた。しんと静まり返ったビルをエレベーターで出発ロビーに向かう。私が乗る便がこの日の最終便。他の便は全てキャンセルなので、チェックインカウンターはオランダ航空の部分しか開いていない。通常通りの照明が出発ロビーを寒々と照らしている。人員を減らすために窓口を制限しただろうか、チェックインには時間がかかった。機内持ち込みの荷物が規定よりちょっと重かったが、乗客数が少なかったからだろう、何も言われることはなかった。

COVID-19で日本に足止め

3月初旬に日本に一時帰国した際、予定通り4月半ばには帰れないかもしれない、と予想してはいた。が、2ヶ月も足止めされることになるとは思わなかった。

ポルトガルで最初のコロナ感染がポルトで確認されたのは3月3日。私は翌日午前の便に乗るためにリスボンにいた。そしてドバイ経由のエミレーツ航空で何事もなく、無事日本に到着。入国手続きも通常通りだった。

3月中旬頃までは、それでも数回、東京に出て買い物をしたり友人と会ったりもした。そのうち、外出は規制されるようになるだろう。そうなったら、 買い物に出られなくなるかもしれない。そう思って、早いうちに東京での用事はほぼ済ませておいた。その頃はまだ、東京オリンピックは予定通りに開催するとか言って、緊急事態宣言の「き」の字も出ていなかった。

オリーブの剪定

高齢者がいる実家では、新型コロナに感染しないことも大事な責務の一つ。日本政府が緊急事態宣言を出すずっと前、帰国直後から感染予防対策は取ってきた。大都市に住んでいるわけでもないので、今の所、大丈夫。

それにしても外出の自粛はやっぱりきつい。ポルトガルの自宅にいたならば、家の農作業や温室の建設等やることはいくらでも見つかる。でも、ここではそうもいかない。幸い庭があるので晴れた日には多少の運動はできるし、散歩に出ることはできる。

余った時間を利用して、3月下旬に実家に一本だけあるオリーブの木の剪定をしてみた。実は剪定時期はすでに過ぎていたのだがかなり伸びていたので、収穫を増やすためではなく、形を整えるための剪定を行った。木と対話しながら、木肌を触りながら作業をしていると随分と落ち着ける。

写真はbeforeとafter

 

コロナウイルス

3月4日から日本に一時帰国中ですが最近になって、ポルトガルへの帰国便がキャンセルになりました。

ポルトガルを出るときには、「あんなに危険な場所(日本)に本当に行くの?」という反応が多かったのですが、今現在の時点ではヨーロッパを離れてよかったのかも、とも思えてきます。状況は流動的なので、どうなるのかなと不安ではあります。一方で、心配しても始まらないのでその時その時の状況に応じて、最善と思われる行動をとるしかないかな、とも考えてもいます。

ニュースで各国の感染状況が逐一報告されていますが、感染者の人数だけを見ていても、その影響を明確に把握できないのではないかと疑問を持っていました。

例えば新規感染者が100人だったとすると、イタリアとアメリカでは人口が違うので影響はかなり違うと思われます。アメリカの人口は大雑把に言って三億二千七十万人。イタリアの人口は六千百万人。でも、そういうことがニュースからだとよくわかりません。

参照:https://www.globalnote.jp/post-1555.html

コロナウイルス ポルトガルの場合

ポルトガルで最初の感染者が見つかったのは3月1日。翌日、消毒用アルコールを買いに行ったら、もう、すべて売り切れていた。

感染が疑われるケースはそれ以前にも60例ほど出ていたが、いずれも陰性。 ポルトガルでは強制隔離は憲法に反するため、自主的に隔離をしてもらうほかないという。

最初の感染2例はいずれもポルト近辺。一人はイタリアからの帰国者、もう一人は本の出版記念サイン会で、感染に気づいていなかった著者がサイン本を渡す時にファンと握手をしたり、ファンの頬にキスをしたりしている映像がテレビで何度も流れていた。

3月10日になると、感染者は41名に増え、イベント及び北部では150人以上集まる結婚式や葬式の中止や延期措置が打ち出された。

ヨーロッパ各地でアジア人に対する暴言や暴行も顕著化している。宿泊拒否をされたという話も聞く。

正体がわからない、予防方法がわからない、症状のない人でもウイルスの運び屋になっている可能性がある等など、どのように対処したら良いのかがわからないことで不安は世界中に広がっている。

ポルトガルのグラフィティ 2

私の一番のお気に入りはこちら。以前、マデイラ島に旅行した時に見つけました。

うまい!

ポルトガルのグラフィティ 1

これまでに見つけた幾つかのグラフィティを紹介します。このブログではなぜか一件につき4枚しか写真が掲載できないので、2度に分けます。

グラフィティはあちこちで見られますが、こちらは私のお気に入りです。

ハリケーン・グロリア

一月半ば、約一週間をかけてハリケーン・グロリアが通過した。うちの近辺でも、風の強さは半端ではなかった。局地的豪雨にも見舞われた。ニュースで1982年以来の強風だったと聞いた。農家のビニールハウスが壊れる、浸水、停電、電話線とインターネット不通、倒木と土砂崩れ、それに伴う道路の寸断など、進行速度が遅かったので、被害が拡大した。

自宅は運良く大きな被害はなかったものの、屋根の瓦がめくれ、収穫前のオレンジとタンジェリンは3分の一くらい落果。瓦は割れなかったので置き直すだけで済んだ。オレンジとタンジェリンは毎年、使い切れないほど収穫できるので、間引きができたと考えることにしよう。残った果実が大きくなってもらいたい。

 

写真は上から

屋根の瓦がめくれてしまった。

高いところのほうが風当たりが強い。タンジェリンの上部3分の1位は落果して果実が見えない。

落ちたタンジェリンで地面は覆われている。

休耕している畑に被せて、重石をのせておいたビニールまでめくれ上がってしまった。

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