COVID-19で日本に足止め
3月初旬に日本に一時帰国した際、予定通り4月半ばには帰れないかもしれない、と予想してはいた。が、2ヶ月も足止めされることになるとは思わなかった。
ポルトガルで最初のコロナ感染がポルトで確認されたのは3月3日。私は翌日午前の便に乗るためにリスボンにいた。そしてドバイ経由のエミレーツ航空で何事もなく、無事日本に到着。入国手続きも通常通りだった。
3月中旬頃までは、それでも数回、東京に出て買い物をしたり友人と会ったりもした。そのうち、外出は規制されるようになるだろう。そうなったら、 買い物に出られなくなるかもしれない。そう思って、早いうちに東京での用事はほぼ済ませておいた。その頃はまだ、東京オリンピックは予定通りに開催するとか言って、緊急事態宣言の「き」の字も出ていなかった。
今回は東京の友人宅ではなく、千葉県内の実家に滞在することになった。高齢の親と同居するため、外出から帰ったら先ず必ず手洗いとうがい、ついでに顔も洗った。すでにマスクも消毒用アルコールも店先から姿を消していた。ポルトガルに持って行ったマスクを持ち帰ったのが役に立った。消毒用アルコールはポルトガルから日本に持って行こうとしたが、入れ物が100mlより大きかったということでリスボンの空港で没収されてしまった。それがゴミ箱に投げ入れられるのを見た時はちょっとショックだった。投げ入れるのを躊躇した係官に、日本では手に入らないからどうしても必要なのだと主張したら、返してもらえたかもしれない。日本についてから随分と悔やんだ。
東京に行く時には、なるべく人が少ない時間帯を見計らって電車に乗った。3月初旬の東急ハンズやヨドバシカメラにはほとんど客がいなかった。いつもは人で溢れている新宿の道も人が少なくて歩きやすい。ある意味で、快適ではあった。
3月半ばに浅草と銀座に行く機会があった。浅草では時として人とぶつかりそうになるくらいの、銀座の歩行者天国でもある程度の人出があり、どちらもこれで大丈夫なのだろうかと多少、心配になった。そして3月24日を最後に、6月の規制解除まで東京に出ることはなかった。
3月末にはリスボン行きの帰国便がキャンセルとなった。日本では4月7日に緊急事態宣言。再予約した5月初旬の便もキャンセル。6月初旬の便に再々予約をしたが、これもまたキャンセル。 いつ帰宅できるのか 段々と不透明になっていった。この時点で少なくとも6月まで、日本からは出られないだろうと覚悟した。
7月初旬には飛ぶかもしれないということだったか、これも延期となって、現時点でリスボン行きのエミレーツの最初の便は8月となっている。ポルトガルが欧州圏内及びポルトガル語圏内発着の航空便しか受けいれていないからだ。
日本では中国の武漢市や欧州の様な、いわゆる都市封鎖はなかった。物理的に移動が制限されることはなく、列車もバスも、ダイヤの変更はあったがそれなりに動いていたので、出かけようと思えば出かけることはできた。
それでもどのように感染するのかわからないウイルスが出回っている中で、万が一にもウイルスを家に持ち帰るわけにはいかない。
緊急事態宣言が出る以前の3月半ばから後半にかけての方が、人出は少なかった印象がある。その頃、一車両に7人から10人ほどの乗客しかいない列車に乗って近くの映画館に行き、ほぼ貸切状態で映画を見てきた。4月7日に緊急事態宣言が出されると、できることは限られてしまった。長期間足止めされるならばバイトでも、と思っても人に会わずにできる仕事はそうそうない。何よりも、仕事自体がない。
家の掃除も樹木の剪定も庭の手入れも終えた。母と一緒に毎日テレビを見た。時々、母と散歩にも出た。
何もせずに家に閉じこもることは私にはできない。そして、散歩に出かけることにした。ほぼ毎日、一日5キロから20キロ程度、2時間から5、6時間歩いた。サイクリングロードの様なところは多分、普段よりも多くの人がジョギングしたり、歩いたり、サイクリングに来ているのだろう。思ったよりも混んでいた。人混みを避けて道路を歩くことにした。歩道のない幹線道路は交通量が減ったとはいえ、必ずしも快適ではなかったが、自転車も歩行者もほぼゼロだった。逆に、水田の脇道や竹やぶに沿った道は、子供時代に帰った様でなんだか懐かしかった。散歩に出ない日には庭でヨガをやった。
どれほど退屈になるのだろうかと思ったが、実際には、時間は早く過ぎていった。あっという間に一週間が過ぎる。曜日の感覚がなくなる。時間があるので、急いで物事を済ませる必要がない。ポルトガル、日本、カナダ、英国にそれぞれ住む友人たちと週一でミーティングをした。家族で引きこもっている人よりも、一人で引きこもっている人は大変だったようだ。東京の友人と話していると東京と、東京圏ではあっても千葉の状況とは随分違うようだった。
5月も半ばになると、歩いて行かれる場所はほぼすべて踏破し(たような気分だった)、そろそろ毎日の散歩にも飽きてきた。エミレーツはまだ、飛ばない。でも、他の航空会社の便でならば帰国できることがわかった。オランダ航空の片道切符を購入し、6月半ばの帰国が決まった。
6月に緊急事態宣言が解除。こんな状態で解除してしまって、本当に大丈夫なの、と思ったがそれは私が切羽詰まった状況にないからだとも言える。緊急事態宣言が解除されたから、それで安全になったということではない。確かに日本の感染者数や死者数は人口に対する割合としても数そのものとしても少なかった。でも感染者数は、表面化しないだけで緊急事態が宣言される前より実際には 増えているのではないだろうか。だったら、これまでのように外出したら、逆にもっと危険なのではないだろうか。
コロナ後の世界ではこれまで通りの「普通」の生活に戻るのではなく、既存の価値観とは異なる価値観に基づく生活を模索していくことになるのだろう。地球に優しい持続可能な生活をする方向に進化して行きたいと思う。
写真は上から
ほとんど客がいない東急ハンズ新宿店。
客が全くいない書店。明るい蛍光灯の下で整然と並んでいる本が印象的だった。
散歩の途中で見た風景。魚釣りをしている人はかなり見かけたが、船に乗っているのは珍しい。
散歩の途中で見た風景。コロナで騒いでいるのは人間だけなのだ。




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