10月15日の大火 証言
ブランシュ:避難の準備は万全だった。馬は専用のトレーラーに乗せたし、手伝いも頼んだわ。夫は出張で不在で娘と二人だけだったから。
だけど、頼みにしていた3人が来られなかった。それでも、トレーラーと乗用車を交代で運転しながら、一人でも安全な場所まで行かれるだろうって思っていたのよ...。火があんなにすごい速度で移動するなんて、考えてもいなかった。
あっという間よ。家が炎に囲まれて何も持ち出せなかった。馬は放したわ。2頭とも、ものすごい勢いで丘に向かって走り去った。まだ若くて体力があるし、本能があるから...生きていてほしい。
それからは無我夢中だった。娘を車に乗せて、両側が火の壁になった道路を必死で走り抜けた。ペドロガオンが思い浮かんだわ。5分遅れていたら逃げ切れなかったと思う。ああ、ヤギも子豚も鶏も、置き去りにするしかなかった。
(ヤギと子豚は奇跡的に生き延びた。鶏は全滅。馬は一頭が死体で見つかったが、もう一頭は2ヶ月経った現在でも、行方はわからない。)
ラファ:自宅にいたんだ。上の丘に煙が見えたので、何もかも放り出して消火に向かったよ。午後12時半頃だった。ふと下を見ると、自宅に火が迫っていた。すぐに家に戻ったけれど、もう遅かった。ネコを呼んだらすぐに戻って来てくれたので、ネコだけ掴んで車で逃げたんだ。家は3時に燃え尽きてしまったよ。
(12年間住んでいた手作りの家は灰となり、ネコは火事のショックでいなくなってしまった)。
クリス:家族みんなで消火してまわったのよ。家は燃えずに済んだわ! (彼女の家はベンフェイタから内陸部に向かって直線距離で30キロ程、ウチから25キロ程の場所にある。彼女の住んでいる地域まで山火事が及んでいるとは知らなかった。メッセージを受け取った時、何の話かと、一瞬理解できなかった。)
サム:子供たちがいるから、近くの村に住んでいる母の家に避難していたのよ。家はダメだったわ、貸出用のヤート(モンゴル式テント)は二つ残ったけれど。ポルトガルで生活できるように色々考えて計画を立てて、目処が付き始めていたところなのよ。この冬は母国に帰って、仕事しようと思う。
リバー:家の様子を見に帰ったら、納屋に火が燃え移ったところだった。家はその時、まだ大丈夫だった。それからだよ。手伝いの子と二人で家に水をかけ、あちこちに飛び火する炎を消したんだ。家も農地の大部分も、奇跡的に燃えずに済んだ。先週の火事も怖かったけれど、今回は必死だったよ。
トラバンカの住人:火が迫って来たので、車で避難を始めた。ミドインシュに向かったけれど、もう火の手が回っている。戻って近くの村のポルトガル人の知り合いの家に避難させてもらった。ドアも窓も閉め切って、電気もない暗闇の中で、聞こえてくるゴオオオーッと火が燃え盛る音や、風や何かが家にぶつかる音が怖かった。炎が回りを燃え尽くす間、数時間、家の中に閉じ込められて、もう、これまでかと思ったよ。
マリィ:高齢者を村に残して避難する気にはなれなかったのよ。村の教会の中で夜明かしをしたけれど、子供も含めて20人くらいいたかしら。出火当初から消火活動していた人達も、教会に来たの。眠る人はほとんどいなかったわね。10人くらいが常時、教会の外で火が教会に燃え移らないように一晩中、消して回っていたわ。
マーティン:道路がどこも閉鎖されて、帰れなかった。一晩、泊めてもらえる?(彼は、翌16日ベンフェイタ方面に行ったが、再度、泊まりに来た)。
ひどかったよ。ラファの家も、ゾイの家も全焼だ。クリオの家は奇跡的に母屋が無事だった。山道には入れなかったので、詳しくはわからなかったけれど、道路から見た様子では、相当数の友人が焼けだされたと思う。
ニコ:家を守ろうと消火していたけれど、火の粉が吹雪のように横から殴りつけてきて、もう留まれなかった。道の両側が炎の壁になっている中、車で脱出したんだ。頭上で道路の片側のユーカリからもう片側のユーカリに火が燃え移って、それこそ炎のトンネルの様な状態だった。火に煽られた強風で、倒れるかともう程、車は左右に激しく揺れたよ。
(何年も下積みの生活をしながら絵を書き続けていた彼は、やっと、去年になって温水器が設置できたばかりだった。)
ナオミ:犬は車に乗せたのよ。ネコが帰って来なかった。これ以上待てないと走り出したら、ネコが追いかけて来たの。少しの間、車の横を伴走していたけれど、とてもではないけれど車を停めることができなかった。そのうち、見えなくなってしまったわ。無事でいてくれればいいけれど。
(一週間程して、前足に火傷を負ったネコが帰って来た。獣医に診てもらい、1ヶ月後にはかなり回復した。)
モンデゴ谷の住人:これはもう、普通の山火事じゃなかったよ。火が、火の玉になって飛んでくるような感じだった。僕の頭の上を飛んで行った火の玉が、少し先に落下すると、そこら中のものを巻き込みながら破裂していったよ。山火事は後ろだと思っていたけれど、前を見ると前方が燃えている。躊躇していたら、今、ここにはいなかっただろうね。とにかく必死で、車が溶けないように祈りながら、炎の中を突っ走った。
ナタリア:夫と二人で実家に行っていたの。父は不自由だし、母一人では心細いから。ひどかったわ。深井戸があるから水はあるけど、停電でポンプが動かなくって、水をくみ出せなくなった。庭には1,000リットル入りのタンクに入った水があったけれど、それだけだったのよ。家の脇に松の木があったから、怖かったわ。火の粉が横殴りに、吹雪のようにふってくるというか、花火が私たちに向けられているような感じ。
朝の4時まで、バケツに水を汲んでは庭に飛び火してくる火を消して回ったのよ。燃えた松の枝が夫の上に落ちて来て、彼はやけどしたわ。もし、私たちが行かずに両親だけだったら、家は燃えたと思う。
マイケルとメアリー:旅行中で、人に留守番を頼んでいた。留守番二人は、ポルトガル語を話さないので、こんな大火事が起こっていることも知らずに、眠っていた。夜中に物音で目が覚めて外を見たら、周りはどこも黒こげで、驚いたと言うんだよ。山火事はかなりのスピードで通り過ぎて行ったのだろうね。家の回りは焼き尽くされたけれど、家も留守番も無事だったよ。
ジルダ:火が迫って来た連れ合いの家で、二人して一晩中、家に水をかけたり、庭に水を撒いたりして、飛び火して来た火を消していたの。明け方、5時頃よ。これなら大丈夫かも、とやっと一息入れていた時に、私の隣人から今度は私の家に火が迫っている、と電話が。彼と二人で、車に飛び乗って自宅に戻ったの。それからよ、また、消火活動。あまり近くにまで火が迫って来たので、貯水槽に飛び込んだわ。家は燃えずに済んだけれど、アトリエや屋外キッチンは全て燃えてしまったわ。(画家の彼女の作品は、アトリエと共に焼失してしまった。)
デレックとクリスティーナ:こんな山火事に備えて、準備は万端だった。迫ってくる炎を手際よく消火していたけれども、後ろからも火災前線が移動して来ているとは想像もしていなかった。気づいた時にはもう、手遅れ、何も持たずに逃げるしかなかった。リビングとベッドルームがある建物は燃えずに済んだけれど、別練のバスルームとキッチンはダメだった。
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タブアとアーガニルの獣医が火傷を負った動物の無料診療を始めた。続くように、多数の獣医が無料診療及び治療を開始。
コインブラに避難した人達はコインブラのホテルやペンションに宿泊。事情を知っている宿泊施設は、ペットの犬やネコも同宿させてくれた。朝食を無料で提供してくれたところもあった。
ポルトガル政府は、異常乾燥・異常高温という気象条件にも関わらず、契約終了日の9月30日で消防用の飛行機及びヘリコプターの契約を打ち切っていた。そのため、森林火災のピーク時には19機(だったと思う)が待機している消火飛行機などが2機しかなかった。強風で、干ばつで水位がかなり低くなっているダム湖などから水を汲み上げることは難しかっただろうとは思うが、効果的な消火手段がなかったことも被害を拡大させた。
10月15日の大火による焼失面積は520,000ヘクタール、ペドロガオンの約10倍、愛知県の面積に匹敵する。日本で大きなニュースになっていたカリフォルニアの森林火災では1週間で115,000ヘクタール(東京23区の2倍の面積)が焼失した。その頃、ポルトガルでは一夜にしてその4.5倍の面積が焼失していた。
https://pt.wikipedia.org/wiki/Incêndios_florestais_em_Portugal_de_outubro_de_2017
http://www.bo-sai.co.jp/californiawildfaire2017.html
http://ascii.jp/elem/000/001/569/1569164/
写真は上から:
10月15日5時18分現在の活発な森林火災状況。
10月15日5時24分現在の森林火災状況。既に鎮火されたもの等も含む。
10月18日現在の、焼失エリア。赤、オレンジ、黄色の地域は焼失。真ん中のグリーンの地域は焼失を免れた。



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