買っちゃった!

20年前。秋になるとウチに隣接する農地で毎年、老夫婦が二人でオリーブを収穫していた。数年経つうちに、いつの間にか姿が見えなくなった。夫婦のどちらかが亡くなり、もう一人はケア施設に入った、と風の便りに聞いた。

その土地は急勾配で、狭い畑が五段重なって小川まで続く。枯れることはない、と言われたウチの井戸は酷暑の夏場に2回、枯れた。川の側に井戸を掘れば、水が確保できるだろう。あの土地が手に入ったらいいかな、と思った。10年ほど前に村の人たちに所有者が誰なのか聞いて回ったが分からずじまいで終わってしまった。

老夫婦がいなくなってから、2回ほど森林整備で下草が刈られたが、その後、放置され、いばらと雑草がぼうぼうと生え、足が踏み入れられないほどになった。雑草は夏になると枯れて乾いて、火災発生時の延焼の原因となる。不注意や故意による発火の危険性も大きい。去年(2024年)は9月に入ってから、集落内で森林火災が発生した。運良くすぐに消し止められ、家屋の被害はなかったが、村人は動揺した。森林火災の恐怖が蘇った。

「君たちの家のすぐ下のあの土地、アブナイよ」「火事になったらあそこから火が集落に入ってくるよ」 それはわかっている。だが、他人の土地なので手出しができない。村役場に陳情に行こうかと真剣に考え始めた。

その一ヶ月ほど前、村の知り合いが従姉妹パオラを連れて訪ねてきた。パオラは挨拶もそこそこに、「あの土地が欲しいのでしょ? 売るわよ」と切り出した。突然のことに戸惑っていると「ポルトガル語、わからないの?」 いやいや、そういうわけでは...。

「いい土地よ、昔は両親が段々畑の一番上から一番下まで、野菜を育てていたのよ。ジャガイモやそら豆。土がいいから何でも育つわよ。オリーブの木も18本あるし。2800平方メートル、6900ユーロで売るわよ」 とまくしたてる。

ちょっと待って。突然現れて、これはないでしょう。下草を刈るのが先じゃないの? これではただの荒地である。それにこの値段。土地の相場には疎いが、明らかにガイジン価格である。高すぎる、と言うと「そう、じゃあ4500ユーロでどう?」と値段は一気に下がった。

森林火災防止のために、所有者には森林整備の義務がある。放置すれば罰金だ(これまでパオラに罰金が課せられなかったのが不思議)。15年近くも手入れをせず、火の粉が飛んでくればすぐに引火するような不法状態の荒地をそのまま、ガイジン価格で押し付けて、森林整備義務を逃れようとしているのがミエミエ。

地元の友人に聞いて回ると、北向きで急勾配のあの土地なら1平方メートルせいぜい0.50ユーロだと言う人もいれば、1.50ユーロくらいではないか、と言う人もいる。

連れ合いと話し合った末に、下草を刈った状態でならば3500ユーロで購入すると提案した。森林火災の時期は10月くらいまで続く。実際にパオラの訪問から一ヶ月後には前述の森林火災が発生している。

「こんなにいい土地なのよ、他にも購入希望者がいるし4000ユーロでどう?」 購入希望者が誰なのか、大体見当はつく。だが地元ポルトガル人でこの値段を払う人はゼッタイいない。「夫がどうしても4000ユーロでなければダメだと言うのよ。何とか500ユーロ、上積みできないの?」 2024年8月に彼女が初めてウチに来てから半年ほどして、交渉は行き詰まった。

2025年3月になって4000ユーロでどうか、とパオラからまた連絡があった。「私たちの条件は森林整備と3500ユーロ。残念だけれど、4000ユーロは払えないので、破談にして」とメールを送った(ちなみに彼女からのメールの件名は「A tua terraあなたの土地」となっていた)。

それから一ヶ月。英国でピースキャンプに参加していた私に連れ合いから電話が入った。パオラが何の予告もなく作業員を連れて現れて下草を刈り始めた、3500ユーロでいいと言っている、と言うのだ。「下草を刈れば3500ユーロで買うのでしょ?」と言ったとか。で、連れ合いは「じゃあ、買うことにしようか」 ...何でこうなるの? 

私は腰が引けている。あの土地があればいいね、と話し始めた当初から10年経っている。私たちも10歳、年をとった。ホントにあの荒地を買って森林整備の仕事を増やしたいの? ホントに? ホントに?

そして、買ってしまった。書類上は2300平方メートル。値段はこの時点でのレート(1ユーロは約167円)で計算すると60万円弱。購入を決めた時点でかなりいい加減で雑ではあったけれども下草は刈ってあった。売買契約をしたのはそれから二ヶ月後の6月。乾燥する夏に向かっているのに、雑草が茂り始めていた。

名義を変更すると、間髪をおかずに下草を刈り直して、木に絡みついたイバラやツタを取り除く作業に取り掛かった。それらは山積みとなって焼却が許可される10月ごろまでそのままにしておくしかない。乾けばよく燃えそうな枝やイバラやツタの山を前に、ヒヤヒヤしながら一夏を過ごした。

ちなみに、オリーブの木は21本あった。

ところで、パオラのまくし立てるような話し方を文字にするとかなり無礼に聞こえるが、ポルトガル人としてはそんなにひどい話し方をしているわけではない。私には特に失礼だと感じられたが、彼女には森林整備に金がかかる土地を何としてでもこのガイジンに売らなければという焦りがあったのかもしれないし、このような状況だったから私がそう受け取った部分があったのかもしれない。文化の違いでもある。

写真はつたやイバラが絡まった木