コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻、そして一時帰国 その3
リスボン、である。濃厚接触者となってしまった友人は何度か簡易テストをして陰性。彼のパートナーである日本人の友人も陰性。私たちが泊まれるように、私たちの滞在中、窓を開け放しにするとか、家の中でもマスクをつけるとか、色々と知恵を絞ってもらった。
それでも、これまで、これだけ面倒なことを乗り越えてやっと出発までこぎつけつつあるのだ。これで滑ったら大変。万が一のことを考えて、ホテルに宿泊することにした。最もこれにしたって、感染の可能性がわずかながらある友人宅と、コロナ対策は取っていても不特定多数の人が出入りするホテルとどちらの方がリスクが少ないのかは不明である。しかもこの日の夕食はせっかくだからと、近くのレストランで4人が集まったのだ。コロナ対策をとって、レストランは定員を半分くらいに減らしていた。
何はともあれ、出発の前日月曜日、PCR検査のために分析機関を訪れる。午前8時ちょっと過ぎに検体を取って、結果は午後17時にわかるといわれる。リスボンで丸一日、特に予定もない。アジアの食材を売っているスーパーチェンで買い物。ベトナム料理店で昼食。ホテルに戻って休憩。大したことをやったわけではないが、そうこうしているうちにケータイに検査結果が出たと連絡が。結果は陰性。PCR検査をする前に簡易検査で陰性が出ていたので、まあ、こんなものかという感じだった。取りに行くと、厚生労働相の指定書類もきちんと記入が済んでいた。
JALのロンドン支店から、PCR検査の結果をメールで送ってくれと連絡が来る。書類がそろっていなければ搭乗させられないからだ。検査機関から渡された書類の写真を取って送付、問題ないとの返事をもらう。
出発当日。最初の予約ではヘルシンキへの出発便の時間は午前07:55だった。これだと早朝5時頃には空港に行っていなければならない計算だった。これが午後12時55分のロンドン行きに変更。早起きをしないで済んだ! 出国の手続きは順調に進み、ロンドンへ向かう英国航空の便も定時で離陸。ヒースロー空港の4間の待ち時間は空港内のパブで時間を潰しているうちに過ぎてしまった。ヒースローでは、搭乗口が決まるまでに時間が掛かる。日本に向かう便の搭乗口は搭乗時間30分前になるまで分からないことが多い。表示が出ると、乗客が足早にゲートに向かっていく。ふと思ったのだが、これって日本行きだから後回しにされて最後の最後まで搭乗口の番号が決まらないのではないか。他の便は早いうちに決まっているように見えるのだ。日本人の乗客がほぼ大半を占める日本便は、ギリギリに搭乗口の案内を出しても、遅れる乗客はまずほとんどいない。
飛行時間は通常ヒースロー空港から東京までであればシベリア上空を通過して11時間程度である。今回、飛行機はロンドンを出発してアイスランド、グリーンランド上空を通りカナダの北部、アラスカを通過して当初16時間以上が予定されていた飛行時間よりも1時間半早く羽田に到着した。
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